誘拐ごっこ 後編

旧ブログからの転載
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※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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作:狗上つなよし 様 

 結論から言うと、笹南は誘拐などされていなかった。

「笹南さん、お疲れ様。ごめんね、役になりきるとはいっても、ちょっとやり過ぎたんじゃないかと思ったんだけど、どうだったかな?」

 そう彼女に語りかけたのは、先程笹南を散々っぱら脅しつけていた覆面の男であった。
 黒の覆面に黒の帽子を目深く被った、上下の服装共に黒づくめの格好である。
 先程までの淡々とした口調とは打って変わって、優しげな雰囲気を孕んだ穏やかな声音だ。

「……河口くん、もう終わったんだから、その不審者みたいな格好やめたら? 少なくとも、もう帽子と覆面はいらないでしょう?」
「あ、そうだったね。うん、そうするよ」

 男こと河口は帽子を脱ぎ、覆面を取り払うかのように外した。
 露になった彼の顔は、虫も殺せなさそうな優しげな表情をしていた。
 顔立ちは特別整っているという訳ではなく、個性もない、どこにでもいそうなものである。
 けれど彼の立ち振る舞いから、穏やかな人格なのだろうと思わせる好青年。
 彼の名前は、河口 賢太郎。
 笹南が所属しているサークル、ミステリー小説愛読者同好会に籍を置くサークルメンバーである。

「それとさっきの質問だけど、寧ろよかったと思うわよ。うんうん、普段の立ち振る舞いからはとてもじゃないけど想像できない悪役っぷり。よっ、悪大将!」
「やめてよ、もう。演技とはいえ、慣れない非行に、内心大根役者だったんじゃないかって緊張してたんだから」

 河口の苦笑に、笹南は微笑んだ。
 そんな彼女に、彼は意外だったと言わんばかりに言葉を返した。

「緊張した要因は、笹南さんにもあるんだよ? 驚くほどの名演技のせいで、下手な演技ができないって思わされたんだ」
「女は演技の一つや二つ、できてなんぼってものじゃない? あ、でも」

 笹南は思い出したかのように、言ってから、からかうような笑みを浮かべる。

「東京大空襲の後の、一連の演説? あれはちょっと演出過多じゃない? 演技臭い、って思っちゃった。というか、あんなのアドリブ突然いれられて、驚いて鳥肌たっちゃった」
「え、そうかな。誘拐犯なんだから、あれくらいするんじゃない?」

 笹南はそれに笑った。

「ははは、それこそ小説の読み過ぎよ! 小説愛読者だからといって、それはちょっと毒され過ぎ」

 笹南の言葉に、河口はすねたような顔をする。

「事実は小説より奇なりって、よく言うよ? もしかしたら、演劇のような身振りをしながら言葉を紡ぐ誘拐犯がいるかもしれないじゃないか」

 一しきり笑った笹南は、涙を拭ってから口を開く。

「そうね、そうかもしれないわね。いるかもしれない、いるかもしれない」
「はぁ……」

 これ以上言ったら墓穴を掘るかもしれない、と思った河口はもうそれ以上言わなかった。
 次いで追及を逃れるべく、話題の転換も図る。

「そろそろ片付けをしようか。次の組のための準備もあるから、それも手伝おう」
「そうね」

 とはいっても、片付けるもなどほとんどない。
 何故なら、後続のやることは幾ばくかのアドリブというアドリブが加わるものの、前の組がやったことをなぞらえるだけなのだから。
 やることといえば、自分たちが入れたアドリブのための小道具や散らかった部屋の掃除くらいなものだ。
 むしろやることといえば、撮影機材や小道具のチェック諸々などの準備の方がやることは多い。

「僕たちが最初の組だったけど、その分気負わずやれたね。自分たちの組より前の組の演技がすごかったら、後続組はプレッシャーでしかないよ」
「そう? 私としては、不満ねぇ。むしろ最後のトリをしたかったくらいよ。すごい演技をしてるなら、それを超えてやろうって息巻かない?」

 ウィンクまでして茶目っ気を醸しながら放った笹南の言葉に、河口は苦笑を返した。

イラストは、絵描きのふらな様。

「勘弁してよ、僕はそこまで肝が据わってないんだ。そんなことになったら、胃に穴が開きそうだ」
「あんなに演出家を気取っておいて、今更じゃないの?」
「あれは、その、場の雰囲気に流されたんだよ……もう掘り返さないでくれ……」

 河口自身、どうしてあんなことを言ってしまったのかわからなかった。
 穴があるなら入りたいとは、今まさにこういう心持ちなのだろう。

「いいわよ。私からは、これで終わりにしてくあげる」
「え? どういうこと?」
「教えてあげてもいいけど、すぐに意味を知るでしょうから、うん、言わない」

 意味深な言い様に、河口は困惑するばかりだったが、彼女はそれ以上何も言わずその場を歩き去ってしまう。
 問い質したところで、答えてくれないことはわかりきっているので、河口は諦観の息を吐き、彼女の背を追うことにする。
 するの、だが、彼女の言葉の意味は存外早く理解させられることになる。

「おぉ、きたか。トップバッター、お疲れ様」

 河口と笹南に労いの言葉をかけたのは、サークルメンバーの北原だ。
 彼はこのミステリー小説愛読者同好会の部長であり、陽気な性格からメンバー全員と良好な関係を築いている。

「あ、河口、今日からお前の渾名ファットマンな」
「は? なにそれ?」
「知らないか? メタル○アソリッドっていうゲームに出る爆弾魔」
「……は?」

 どうやら北原の性格は陽気から不謹慎に変えなければいけないらしい。

「待って、待って、待ってよ。どうしてそんな不謹慎な渾名にされなければならないのさ」
「だってなぁ? お前、あんだけ演出過多をやらかしたじゃん? これはもう、なにかしらの渾名を考えて然るべきだとは思わないか?」
「だとしても、なんで爆弾魔をチョイスした?」
「ファットマンは芸術品として自作の爆弾を作るんだが、彼は演出家としての側面もあってな? 爆弾、演出家、あとそういえばお前は高校時代は美術部。これはもう、ファットマンしかない」
「今すぐ撤回を要求する」
「仕方ないなぁ、じゃあアクター」
「渾名制度をやめろと言っているのがわからない?」

 笹南の言っていたことを、河口はようやく理解できた。
 自分がからかうまでもなく、こうして他の者にいじられることがわかっていたのだ。

「いいぞ。俺はな?」
「またか! またこのパターンなのか!」
「ははは! カメラという映像という形で残るってのに、あんなハジけたことするからだ!」

 北原はひとしきり笑った後、涙を拭う。
 それから、にやりと笑って提案を持ちかけてきた。

「それじゃあ、俺がどうにかしてやろうか?」
「え? できるの?」
「余裕余裕。丁度、次は俺の番だしな。サクッと解決してやるよ」

 ありがたい話だ。
 実にありがたい話なのがだが……

「要求は?」
「話が早い。合宿終わってから、学食を三日間奢ってくれ」
「ぐっ、出費が痛い。痛いが、仕方ないか」

 断腸の思いで、河口は北原に頭を下げた。
 北原は満足気に頷き、一度手を叩く。

「よしきた。今からうな重が楽しみだ!」
「おい、人の金で食うご飯は美味しいか?」
「あぁ、最高だな!」

 北原の笑顔は、とても輝いていた。
 殴りたい、この笑顔。

「おーい、北原、準備できたぞー。相方さんもスタンばってますよー」
「おーけー、おーけー、今いくよ。それじゃ、ビシッと決めちゃいますか!」

 不敵な笑顔を浮かべ、北原は部屋へと歩みを進める。

「いやぁ、すみませんね、皆さん。今回のMVPは、この北原謙一君が頂ちゃいますよぉ!」
「調子乗り過ぎだぞ」
「ほーう? そう言うなら、今からやる俺以上の演技を見せてほしいもんだ」

 そんなことをのたまう北原に、川口は呆れたように嘆息しつつ言ってやった。

「気が早いにも程があるだろうに。まだこの『誘拐ごっこ合宿』は始まったばかりだ」

 誘拐ごっこ合宿。
 それが、今彼らが行っているイベントの名称である。
 夏の長期休暇に行う、ミステリー小説愛読者同好会における恒例行事だ。
 内容はサークルメンバーの学生たちがそれぞれ二、三人組に分かれ、誘拐犯役や人質役などに扮し、サスペンスドラマや推理小説に出てくるような誘拐・監禁事件をお遊びで再現・体験するというものである。
 場所は貸し切ったコテージの一棟の部屋を使う。

「いいや? 今回のイベントは、俺の優勝確定という形で終わる。後は消化試合さ」

 ……なんだかさっきから引っかかる。
 北原はお調子者ではあるが、ここまでウザくはない。
 顔全体を覆う、誘拐犯役である証の黒マスクの下には渾身のドヤ顔があることだろう。

(しかし……)

 衣装セットに着替えた北原を見て、河口は改めて思った。

(これは、不審者だな。紛うこと泣き不審者だ)

 黒のニットの帽子を目深く被るだけでなく、サングラスまでかけて目元を徹底的に隠し、マスクで口元も隠している。
 あとは余計な印象を与えないために、黒のコートに黒のズボンと、これでもかという黒尽くめの格好だ。
 こんな人間を道端で見かければ、通報まではされなかったとしても、決して近づかないだろう。

(これは、確かにおっぴろげにできないよなぁ)

 イベントで、演技とはいえ、やることは黒尽くめの人間が監禁をするのだ。
 こんなことをやる人間だと思われるだけで、外聞が悪い。
 部外者が関わる余地が生まれぬよう、施設を貸し切りでもしなければできないイベントだ。

「括目せよ! この名俳優北原の名演技を!」

 哄笑をあげながら、北原は撮影現場のドアを潜っていった。
 それから入れ替わるように、笹南がこちらにやってくる。

「河口くん。北原くんと何の話をしていたの?」
「あー、うん。僕の目下の悩みを解決してもらうための取引、かな」
「……ふぅん? 時間以外解決する手段ないと思ってたけど、案外そうでもないのかしら?」

 そう思案気な顔で呟いた後、彼女は一転して微笑を浮かべる。

「それじゃあ、彼のお手並みを拝見させてもらおうかしら」
「ははは、妙案であることを願うよ。でないと僕は、なんのためにうな重を奢るのかわからなくなる」

 そう言ってから、モニターへと目を向ける。
 画面には、暗黒面に堕ちた北原と先程までの笹南と同じように拘束されている女性が一人映っている。

『ご機嫌如何かな? フロイライン』

 場の空気が、凍りついた。
 河口は口の端が引き攣り、笹南の笑顔は固まっている。
 他の面々も反応は様々だが、皆北原の凶行にドン引きしている。

『けれど、君の苦痛はそう長い時間続くことはない』

 北原が、足下のポリタンクを蹴る。
 ポリタンクには、先程河口が脅迫に使っていたタイマーがくっついている。

『これは僕の望みが叶うまでの時を刻む砂時計だ。この時間より長く、君の苦痛が長く続くことはないだろう』

 北原の演技は、台詞だけを見れば、演出過多という点に目を瞑れば演劇さながらだろう。
 演劇さながら、なのだが……

(台詞、めっちゃ棒読みだ……)

 北原の台詞は平坦で抑揚がなく、熱が一切篭っていなかった。
 大根役者という言葉以外に、彼を表する言葉が見つからないのだ、逆に凄い。

「……く、くうふ、ふっふふふ……」

 横からは、周りに気を遣って声を殺そうとして失敗している笹南の笑い声が聞こえる。
 河口は呆れて物も言えない。
 ふと、河口はあることに気がついた。
 笹南以外の面々の多くは、困惑している者がほとんどであることに。

「おい、今回はそういう趣向なのか?」
「いや、俺はそんな話聞いてないが……」
「だよなぁ?」
「今から台詞、大急ぎで考えた方がいいんじゃないの?」
「うえ、アドリブかよぉ……」

 この会話を聞いた河口は、北原の狙いを理解した。

(成程。今回のイベントを演劇に変えるつもりか)

 簡単に言ってしまえば、皆でやれば恥ずかしくない理論である。
 周りから見て、変な行動を取るからからかわれ、排斥を受けるのだ。
 だがその変とは、そもそも少数派、つまりマイノリティのことである。
 変だから、間違っているから排斥されるのではない、大人数が支持する主流から外れる排斥されるのだ。
 ならば、その大人数をこちら側に引きこんでしまえばいい。

「まさか、こんな強硬手段に出るとはねぇ」

 事情を知っている笹南が、周りに聞こえないように耳打ちしてきた。
 それに河口は苦笑を返す。

「そうだね。こんな方法をとるなんて、思っても見なかったよ」

 そうこうしている内に、北原の演技が終了した。
 覆面を取った下から露になった彼の顔は、とてもやりきった充足した晴れ晴れとした顔をしている。

「どうよぉ、俺の演技は!? これはもう、俺の優勝間違いなしだ!」
「「「「「寝言は寝て言え!!」」」」」
「はぁん!? お前ら目ん玉ついてんの!?」

 この後北原は、自分の演技を映像で確認して、余りの大根役者っぷりに赤面することになるのだが、また別のお話である。
 北原のこの演劇紛いのお蔭で、今回のイベントは演劇風であるという流れが形成され、皆口を出すことには憚られるような演技を繰り広げることになるのだが、これもまた別のお話。
 兎にも角にも、河口はこれでサークル内で起こるかもしれなかったイジメを未然に防ぐことに成功したのである。

「河口くん」

 読書家のくせして明るく、陽気なやりとりを呆れながら見ていた河口だったが、声をかけられたことで声の主へと向き直る。
 声の主は、笹南であった。
 彼女は微笑みながら、こう問いてきた。

「楽しかった?」

 笹南の問いの意味が、河口には理解できなかった。
 それを感じ取った笹南は、微笑みを崩さぬまま続けた。

「河口くんって、感情を表に出さないでしょ? 輪の中に入らず、一歩引いたところで見てることが多いじゃない」

 存外観察されていることに驚きつつも、河口は苦笑を返した。
 それから表情を緩め、微笑を浮かべながら本心を口にする。

「うん、楽しかったよ。これは、本心から言える」

 河口はなにも、無感動な人間ではないのだ。
 ただ人見知りなだけである。
 コミュ力の塊である北原と言えど、心を全く開こうとしない、あるいは友好を結ぶつもりが皆無の人間相手とは仲良くなりようがない。
 河口の笹南と北原に対する態度が余りに乖離しているのは、そこが理由であり、これは誰もがやっていることでもある。
 好きな人間と嫌いな人間とでは、接する態度が違うだろう。
 河口が感情を表に出さないという評価されるのは、笹南と接する際の態度が親しくない他人と接する余所余所しいモノであるからだろう。

「本当に?」
「うん。色々、幸運にも恵まれたしね」

 それは、恐らくこれから先、決して表に出すことでないであろう感情だ。
 河口は笹南を意識している。
 恋愛感情といった、浮ついた、それでいて燃え上がるような激しい想いではない。
 笹南は、このサークルでいうマドンナ的存在、いわゆる高嶺の花というやつだ。
 明るく、それいて誰に対しても分け隔てなく平等に接する故に皆に好かれている。
 河口もその一人であり、くじ引きで彼女とペアになった時はその幸運に内心舞い上がったものだ。

「そう。それなら、よかった」
「そっちこそ、僕なんかとペアになって嫌だったりしなかったの?」
「全然? 寧ろ、河口くんの意外な一面を見ることができて、私としては満足よ」
「……そのことは、できれば忘れて欲しいかな」

 趣味を同じくする多くの者と一つのイベントに取組み、憧れの女性と同じクループになることができた。
 青春の一ページに加えるには、十分すぎるイベントだ。

「河口くん、やったわよ! 私たちのグループが一位! 図書カードゲットよ!」

 ……どうやら、書き加えることが一つ増えたらしい。

END

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コメント

  1. 旅鴉 より:

    河口賢太郎くん、侑衣梨ちゃんの同僚警察官として再登場したりして…っとふと思ってしまったりします。

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