作:有栖川飴璃 様
※一部、原文より改変しております。
快晴の日曜というのは、どうしたって気分がいい。譜久里知世は表情も明るく、図書館へと歩みを進めていた。友人との待ち合わせがあるのだ。するとその軽やかな足取りに近寄る軽自動車が一台。やけにノロノロとしている。不思議に思い、知世が顔を上げたところ、運転手が降りてきた。そして、気付いた時には大きな掌が、知世に伸ばされる。全てが、スローモーションに見えた。
「……ん」
どうやら恐怖から、知世は軽い失神を起こしてしまっていたらしい。視界の暗さで目が覚めたといえばおかしいけれど、意識が浮上してから漸く目蓋を開けたのである。
「んん」
ペットボトルにコンビニ弁当の食べ残し。引っ繰り返ったゴミ箱からは、丸めたティッシュが零れている。畳の埃っぽい匂いが直にした。知世は、安っぽいアパートの一室に寝転がされていたのである。ただ横になっているだけなら、まだ余裕も生まれた。しかし十代半ばという育ち始めた少女の手足には、縄が巻かれていた。きつく、逃がさない為だけの結び方。声を上げさせないことが目的だろう、口枷も御丁寧に回されている。
「気が付いたんだね」
男声が降り掛かり、知世は目線をそちらへと向けた。だらしない体躯の大人が、にたにたと締まらない笑みを浮かべている。
「んーっ……」
知世は、殺される、と咄嗟に判断して涙を滲ませてしまう。
「怖がらなくていいよ。騒がなければ、何もしないんだから」
相手はまるで善人か何かのように、恩着せがましく言う。だが確かに、今すぐ知世へ暴行する素振りもない。しかしそれも、いつ変化するか判らない為、知世は身を縮こまらせて小さく震える。普段は強い意志を放つ大きな瞳も、すっかり潤み光を失いかけていた。
「ふ……っ、うぅ」
きっとこのまま痛い目に遭うんだ。
そう悲観してしまうくらい、男から浴びせられる注視は酷かった。露骨であり、下品。知世を同じ人間として見ていない、娯楽の一種と考えているような。知世だって目前の相手を同類とは思いたくはない。こんな非道なことを出来るやつ、動物以下だ。
どの位そうしていただろう。男は知世をひたすら目で味わい尽した。
「うー、んん……ッ」
気持ちの悪さが募っていく。そして、恐ろしさも。男が身動きをする度に、知世は両肩を跳ねさせた。もう、限界。知世は正常な判断を鈍らせていく。その為に出来ることなんて、何もないけれど。全てから期待を退かせた、その時である。
玄関のチャイムが鳴り、男が重い腰を上げた。騒がないように、知世を脅すことも忘れない。とっくにそんな気力は消沈している。釘を刺されるまでもない。配達員を名乗る来訪者へ疑いを向けることもなく、扉を開いた男。途端、背広姿の男性達が侵入して来た。
「ふっ、んー……ッ」
一瞬、何かまた厄介なものに巻き込まれたのかと思った。しかし、捻じ伏せられた男を見て、勘違いだと知る。知世の前に来たのは、警察の人間だと理解したからであった。猿轡を解かれながら、知世はボロボロと涙を流す。
こうして譜久里知世は、刹那の悪夢から解き放たれた。
コメント
着々と移動が進んでますね~、
そう言えば気になっていたのですが、知世ちゃんの苗字が久保田から譜久里に変わったのはどうしてでしょう?
いや、譜久里って苗字が珍しいなと思い調べたら、やっぱり沖縄に多い苗字だったもので気になりました、いや本当にそれだけのことなのですが…
実は前々から「久保田」という苗字が地味に感じていて、この機会にもっと珍しい厨二っぽいアニメキャラらしい苗字に変更しよう!と考えておりました。そこで下記URL先の氏名ジェネレーターを使って知世ちゃんの新しい苗字を探してつけたという次第です。
https://namegen.jp/
「譜久里」という苗字が沖縄に多い苗字だとは知りませんでした。実を言うとこの「譜久里」という苗字も、知世ちゃんにはいまいちあってないみたいでピンと来てないんですよね。他にも「駒居(こまい)」「弥葵(みつき)」といった案もあったのですが、知世ちゃんの苗字は漢字3文字にしたいところ。結局のところ、また「久保田」に戻すかもしれません。