作:わぁいず 様
「ここで大人しくしていろっ」
……目隠しにより、当然何も見えない。でも、今の体勢なら分かる。座らされてる。そこから、縄か何かで縛られてる。身動きが……取れないっ。しかも、脚も縛られてるっ。
ギシッ、ギリリ……ギシッ
それでも、なんとか身体を動かすも……ダメ。びくともしない。そんな事をしてる内に、目隠しを外されるっ。うっ、く……っっ、一瞬視界がぼやけたが、徐々にハッキリしてくる。
薄暗い部屋、家具が何も置かれていない無機質な部屋に僕はいた。
黒服達は、ガムテープを僕にみせつけ、それを僕の口に貼り付けるっ。拘束されてるから抵抗出来なかった。
一言たりとも、声は出させないって事か。くそっ。
それをしたあと、黒服の男達は出ていった……ガチャッ、バタンッ!! と、扉を開けて閉めた音と共に、シーンと静まり返る。
くっ、ぐっ!! だっ、ダメだっ。どうにもできないっ。
……その瞬間、ゾッと感じる絶望感、終わる、全てが終わるんじゃないか? ふつふつと沸き上がるネガティブな思い、それを振り払うように顔を振るうっ。
そんな事を考えてる暇があったら、ここから脱出しないとっ。
少し動いただけで、縄が皮膚に食い込むっ。いたい、痛いけど……痛がってる場合じゃないっ。こんな理不尽な目にあって不戦敗なんて事に なったら……僕は自分を許さないっ。
裏で、努力した人を金儲けの道具にしてる奴等の好きなようにはなりたくないっ。だから……逃げるんだ。なんとしてもここからっ!!
ギシッ、ギリッ、ガタ……ッ、ガダガタッ!!
「ん゛ぅぅぅ……っっ、ん゛っぅんんん゛」
揺らした、何度も何度も身体を揺らした。
椅子がガダガタッ動き、倒れそうな位揺らすっ。いや、倒れても良いっ、この際なりふりなんて構っていられないっ。
僕個人では、どうにも出来ないだろうけど。動かずにはいられなかった。手首がヒリヒリ痛むっ、足首だってそうだ。せめて、拘束だけでも解くっ。
くっ、この……外れろっ、外れろっ。外れろぉぉぉぉっっ!! 全力で声を上げるけど、やはりダメ。口を塞がれたんじゃ、言葉を発っせない。
「……ん゛っ、んんん゛。ぅぅぅぅ゛っっ」
それでも、声を出したっ。意味がないのは分かってる、でも万が一って事がある。
兎に角こうやって暴れるんだっ。体力を消耗するだけに終わるかも知れないけど…………それでもやる。
と言うか、なんで僕はこんな事をする? あの男達が許せないから? うん、それもある。でも一番はやっぱり。
焦り、恐怖、命の危険があるからこそ、混乱してこんな事をしてるんだと思う。こんな事になって、きっと冷静でいられなくなったんだ。
じわぁ……っっ
身体が汗ばんできた。盛大に暴れて火照ってきたんだ。だが、それでも暴れるっ。かいた汗を飛び散らせながら、僕は暴れるのを続けた。
くそっ。こうやって暴れて……ガムテープだけでもずらせたらいいのにっ。全くずれないっ。
せめて、この部屋がどんななのかだけでもみたいっ。なのに……そうはさせるか、と言わんばかりにガムテープはズレない。しっかりと肌にくっついてる。
それどころか、僕を縛ってる縄もビクともしない。今更ながら……暴れても無駄、今は体力を温存すべき事を悟り、じっとした。
「うっ、ん……っっ」
あれだけ暴れたら、当然息も上がる。肩を揺らし、盛大に呼吸し……尻を浮かせて座り直すっ。
本当に、無駄に体力を消耗するだけだった。たとえスポーツやっていても、拘束から逃れる事は出来ない、か。
考えて見れば、当たり前か……くっ、冷静さを失ってるな、僕。
「…………、ふっ、ん……っっ、んん」
落ち着こう……っっ、暴れても、意味がない
そう、全く意味がない。恐さを感じる、じっとしてたら、気がどうにかなりそうだけど、今は……動かない方が良い。
いや、でも。こうやってジッとしてたら。大会が始まるんじゃないか? いや、始まる。僕がいないから中止、なんて事にはならないっ。
……い、今何時なんだ? 時間すらわからないっ。
どうする? どうしょう、どうしたら……っ。
だっ、ダメだ、焦って身体が震えてきた。落ち着け落ち着け落ち着け。
拘束され、極限状態になった僕は、我を忘れつつあった。ポタッ、ポタ……ッ、汗が床に滴り落ちる。
その度に、大事な何かまで零れ落ちていく感覚に陥った。
不の感情、それが僕を徐々に押し潰していく。心がミシミシと、音をたてて、崩れていきそうだ。恐い、震えが止まらない。なんなんだよ、なんでこんな事になった? なんで僕がこんな目にあわなくちゃいけないんだ。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ、こんな所で死にたくない……っっ、僕はまだまだテニスをしたいんだっ。
ドンッ!! ドゴッ、バダンッ!! バダッ!!
「っっ」
……っっ、えぁっ、なっ、え? なにっ、なんだ!! 突然、音がした。もっ、もしかして、心が潰れそうになったから、ほっ本当に心が潰れた? あ、い、いや、……違うっ。
この音、外から聞こえたぞ。大きくて、騒がしい音……っっ。
「理人さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
「な、なんだこの女、ぅぐぁぁぁっ」
え、あ、なっなに? 声も聞こえる。それも一人や二人じゃない。複数の慌ただしい女性の声。ダバダバ走って、暴れてるような音。
「なにが、起きてるんだ?」
え、え? ……え。ほんとに、なに? さっき以上に混乱してきたっ。なんでこんなに騒がしいんだ。向こうでなにが起きている?
ドンッ!! ドゴンッ!! ゴトッ、ガシャァァァァァァァ……ッッッ
「お、おめぇ等、なに……ぅぐぁっ!!」
「か、数が多すぎ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
「やめ、おまえらっ、やめぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
……ッッ、……ッッ、怒声、怒号が飛び交ってる。なんにも見えない状況だけど、何か普通じゃない事が起きてる。
な、なんだよ。これ以上僕を驚かせないでくれ、ただでさえ気が滅入りそうなのに。
ドバンッ、バダンッ!! ビダンッ!! ガダッガチャガタッ!!
「っっっ!!」
ち、近いっ。騒がしい音が近くで鳴った。まさか、近付いて来てる? ま、不味い。だとしたら……僕は、ただじゃすまないんじゃ……っ。
バギッ、ドゴンッ!! メギメギィメシミシィィッッ、バダァァァァァァァァァァァンッ
「ぅん、ふっ、ん゛ん゛んんんんんんんんんんんっっ」
うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ。くっくるなっ、こっちへくるなぁぁぁぁっっ!!
凄まじい音、肩震わせて、取り乱し僕も大声を出してしまった。動けるだけ精一杯動いて、力の限り抵抗したっ。
ついに取り乱してしまった、暴れながら身構えて、何が来るか分からない状況に涙も出てきたっ。
「いたぁぁぁぁぁっ、理人様いたぁぁぁぁっ」
「うっ、嘘っ。あ、やだ。ほんとだ……っっ、じゃぁ、マジだったんだ……っっ」
「てか、縛られてるっ。ねぇ早くほどいたげてっっ」
……っっ、っ、くっ、ん……っっ。ん? え? な、に? え、ぁ、え? ハチマキを巻いた、女の人っ、え、なんか、沢山……いる。
「ぇ、な……ぐっ!!」
身体が、揺らされるっ。手首の縄を持たれて……なにか、されて、ぃてっ、いてててっ!! っっっ、くっ、ぁっ。
ビリっ!!
「……っっ、ぁくっっ」
ぅぐっ、まっ、ぃで、い゛でででででっ。強引にガムテープを外されたっ。ヒリヒリ皮膚が痛むけど、まじまじとその女性達を見ていると……。
「理人様っ、理人さまぁぁぁっ、大丈夫ですか? 怪我、してませんか?」
僕を心配そうに見つめてきた。え、け、怪我、いや、とくにしてないけど……っ。て、君達は一体何者なんだ!!
「縄……っっ、ほどけたっ!! 理人様ほどけましたよ」
「え、ぁ……ほどけたって……ほ、ほんとだ」
気がついたらほどけてた……て、てか。みつめてきた女性が僕の手握って……ぁ、直ぐに離した。すんごい恥ずかしがって小声で「ごっ、ごめんなさい……」って呟いた。
「えっ!?」
えっ、うっ、はわぁっ!! い、いま気付いたっ、ぼっ、僕、いま……女性達に取り囲まれてるんだけどっ!! 突然の事に意識がしっかりしてなくて、気付かなかったのか……。
「理人様っ、試合に遅れてしまいますっ。はやくこっちにっ!!」
「えっ、えっ、な、なに……なんなのっ!! ちょっ、うわっ!!」
いっ、意味がわからないまま、腕を引かれ部屋から出ていくっ。ドタドタバタバタ、皆一斉に出ていった。
途中、黒服が倒れてたり、物が散乱してて、花瓶やら壺やらが割れていた。
そんな中を走り去っていくっ。
「皆……っっ、理人様救出できたわよっ。退散っ!!」
僕は、そんな状況に着いていけなかった。あ、当たり前だよ。こんなの、なにがなんだか、分かる筈がないっ。
「さっ、理人様。外に車を用意してありますっ!! はやく逃げましょうっ」
「……ぁ、え、うっ、うん」
無意識にうん、って言ってしまった僕は言われるがままにその通りにされるがまま行動したっ。理解が追い付かないまま、ピンク色の車の後部座席に乗せられると……。
「……僕の鞄、それに……ラケットバックも」
連れ去られる時に落とした物が積まれていた。
あと、スマホまで……って、うわっ、思いっきりヒビ入ってるっ!!
「理人様っ、シートベルトつけてくださいっ!!」
「へ、ぁ、え」
「はやくっ!! 大会に遅れますよっ」
っっ、強い口調に女性に言われて、直ぐにシートベルトをした。その瞬間、車は発進した。
「……出発したよ。各自、解散して……後で、連絡とりあってね、じゃぁ」
そのあと、女性は何処かに連絡してた。一体何処へ? って、ん? なんだ、いまふと思ったんだけど、あのハチマキ……何処かでみた事が……っ!!
あ、あれら!! あのハチマキは……ッッ、朝会った女の子がしてたのと、同じハチマキだっ!!
ぐっ、偶然っ、いや……ちがう、絶対にちがう。そのハチマキをしてるってことは、この人は、あの場にいた人と同一人物って事になるっ。
で、でも……なんでこんな所にあの人達が……っっ。
「あ、あの……助けてくれたん、だよね? えと、その、君達は……」
あまりの展開に追い付けない、ながらも落ち着いて聞いてみた。先ずは、てっ、駄目だ。上手く言葉がまとまらないっ。
「あ、そうですよね……混乱してますよね。えと、話します……あのときの事を」
……っっ、上手く言えないのを察してか。話してくれた。なんであの場に現れたのかを。そして、自分達が何者なのかを。
まず、話したのは、朝出会った時の事。
彼女達は、僕のファンクラブの一員らしい。
あの時、僕と会って別れた後、邪魔しない程度に後ろからこっそりついてきて、後ろからエールを送ってたみたいなんだ。
うん、全く気が付かなかったよ……で、だ。
僕が壁打ちしてたら、黒服の男が現れて、連れ去られたのを目撃して、彼女達は困惑したみたいだ。
それから、これヤバいよね? 誘拐だよね? と話し合った結果、助けなきゃ!! となり、ファンクラブ同士で連絡を取り合って、あの場に現れたみたいだ。
「……と、言う事なんです」
「そ、そう……なんだ」
そうか、誘拐されるところ、見られてたんだ。
女性は、じっと僕を見てくる、無事でよかった……と言う、心からの視線。その、視線に癒されたのと同時に。
「助けてくれてありがとう……。でも」
「っっ」
怒りを感じた。
「死ぬかも知れなかったんだよ。危ないことをしちゃダメじゃないかっっ」
助けてくれたのは嬉しい。でも、怪我をする危険、いや……最悪命を犯す危険があったのに来たのは怒らないといけないっ。でも……あんまり、キツく言えない。だって、助けられたのは本当に心から嬉しいし、感謝しているから。
いや、だからこそ、言わないといけないの……かな。
「あ、ぇ、ぁ……」
困惑する女性に、すかさず僕はこう続けた。
「でも、ほんとうに、ほんっとうに助けてくれてありがとう。他の皆にも伝えてほしい……」
「り、理人、様……」
まっすぐ、真剣な目でいった後、彼女の手を握って深く頭を下げた。
こんな感謝の仕方しか出来ないけど…… これがいまの僕が伝えられる感謝の気持ちだ。
「かっ、必ず伝えますっ!! 皆に、絶対にっ」
「うん、そうしてくれると嬉しいよ」
頭を上げてニコッと微笑み掛けると、その女性は顔を真っ赤にした。ん? どうしたんだろ……、ってあんまり触ってるのも失礼か。
そう思って、手を離し、ふと気になった事を問い掛けて見る。
「ねぇ、この車、何処へ向かってるの?」
「…………ぇ、あっ!! はいっ、今日やるテニス大会の会場ですっ」
「えっ」
てっ、テニス大会の会場だってっ!! いっ、いやいや。違う違う、いま行くべき所はそこじゃないっ。
「え、や。あんな事があったんだから警察に……」
「いえ、理人様っ!! ここはなんとしても大会に出て、優勝してくださいっ。それが、私達の願いなんですっ」
え、えぇっ。なんか、顔……ずぃって近づけられて言われたんだけど。はっ、迫力、ある……なぁ。
「え、でも……」
流石に、このまま大会に行ったら……ダメな気がする。そ、それに、さっき僕が聞いた事、警察に言わないといけないし……って、うわっ、め、目が恐いっ。
「あの、なんで理人様が拐われたのかは分かりません。色々あると思います……でも、私、私達は……理人様が優勝して、トロフィーを天に掲げる姿を見たいんですっ。その、ごめんなさい、こんな時に……」
だけど、その眼は……ヒシヒシと気持ちが伝わってくる眼だ。とても真剣な眼。まっすぐ見つめてきてる。あぁぁ……純粋だ、この眼は、僕が優勝した姿をみたい、か。眼から感じるよ、気持ち、僕への熱い気持ちを感じる、物凄く……っっ。
……ははは、こんなの聞いたら、もう言うとおりにするしか無いじゃないか。
「…………分かった。そのまま会場に行ってくれるかな。必ず優勝するよ」
「っっっ、はっ、はいっ!!」
きっと、正しい行動じゃ無いんだと思う。でも、僕は……彼女が、いや彼女達が思う僕の気持ちを裏切る様な事はしたくない。
だから僕は……大会に行くっ。後の事は大会が終わってから行けば良い。
さっきの緊張や不安、動揺はどこへやら、僕はやる気と熱意の炎に燃えに燃えた。もう僕には、優勝する事しか頭にないっ。そんな僕と彼女たちを乗せて、車は大会会場へと向かっていった……。
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