作:わぁいず 様
良く晴れた朝だっ、気持ちの良い朝、こんなに良い天気だと気分が良いよ。
「よし、忘れ物は無しっ。えと、あいつらにこれから出るって連絡したし、そろそろ行くか」
家の前でスマホをたぷたぷした後、スマホをしまい、スポーツバックと、テニスラケットが入ってるラケットバックを肩に担ぎ、有名ブランドの紺色ジャージ姿の自分を見て、僕はあるきだした。
「今日は待ちに待った試合、絶対に勝つぞっ」
そんな僕の目はやる気に満ち溢れてる。それもその筈、僕はテニスプレイヤーで、今日はそのテニスの大会がある、大事な日なのだ。
…………あ、ごめんね。まだ名前を言ってなかったよ。僕の名前は、勢川理人(せがわ りひと)。十九才の大学生。
身長は、茶髪の短い髪、顔付きは……まぁ、普通な感じ。体格はガッシリしてるかな。
そんな僕は、靴をコツコツ地面に打ち付け、ポケットに入ってるリストバンドをつけた。さぁ、そろそろ行こうか。時間に余裕あるけど……先についても損は無いよね。
タッ、タッ、タッ!!
走る、走る、走る、仲間との待ち合わせ場所のスポーツ公園まで走ってく。そこから仲間と会ったら、直ぐにバス停に向かって大会が開催される競技場まで行くつもりだ。
「……あっ。理人くんっ。今日は頑張ってねっ」
「理人ぉぉぉ、がんばってぇ」
「がんばるんだよぉ。りぃくぅん」
走ってる最中、道行く人に応援される。おばさんだったり、おにぃさんだったり、はたまた小さな女の子だったり。
「ありがとうございますっ。がんばりますっ」
「頑張れぇぇぇっ。スーパーテニスプレイヤー」
「日本のエースは君だぁぁぁぁっ」
そんな応援に応えて、笑顔で手を振ったら……あ、あははは。なんか歯痒いこと言われたね。エース? 僕が? スーパーテニスプレイヤーだなんて言い過ぎだよ。
でも、そう思ってくれて嬉しいよ。その想いを裏切らないプレイを今日はしないとね。目指すはもちろん優勝。それ以外はあり得ない。
そんな風に思いながら、色な人の声援を聞いて、人通りの少ない所にきた。そしたら……っ。
「あ、理人さまよぉっっ」
「きゃぁぁぁぁぁっ、理人さまぁぁぁ」
わ、わぁぁぁぁっ!!
若い女性の人盛りがいたぁぁぁっ、全員頭に理人様がんばれって書いてるハチマキを巻いて、自分達で作ったのかな? 小さな旗をパタパタさせてる。
すっごい熱意だ、ちょっとひいちゃった……はははは。
「フレェェェェェ、フレェェェェェ、りひっとさまぁぁぁぁっっ」
「がんばれがんばれりひっとさまぁぁぁぁっっ」
う、うわ。凄い恥ずかしい……っっ。お、応援は嬉しいけど……その、あんな応援されるのは、ちょっと予想外だよ。
「理人さまっ。私達、理人様ファンクラブ一同、応援していますっ、今日は勝ってくださいねっ」
「……うっ、うんっ。ありがとうっ、絶対優勝するよ」
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
ま、まさに黄色い声援。
僕の声を聞いて、凄く喜んだり、泣いちゃって互いに抱き合っちゃう娘、うんうんと眼を瞑って首を振る娘……色な人がいた。
う、嬉しいなぁ、勢いが凄いけど……応援は本当に嬉しいよ。
と、と言うか……え? なに、いまファンクラブって言ったの? いつそんなの出来たのさ……全く知らないんだけど。
嬉しいやら恥ずかしいやら、なんだか複雑な気分になっちゃって、僕は顔を隠して、その場を立ち去った。
◇
スコォォォォンッッ、スコォォォォンッッ、スコォォォォン…………ッッ
「ふっ、はっ!! やっ」
さて、思った通り待ち合わせ場所に早く着きすぎた僕は、ラケットバックからテニスラケットを取りだし、持ってきたテニスボールで壁打ち中。待ってる間暇だからね、身体を動かしてるのさ。これは、ウォーミングアップも兼ねてるんだ。
スコォォォォンッッ、スパァァァァァンッッ、スコォォォォンッッ
「ふぅぅ……。大分暖まってきた」
壁打ちしたら、身体が火照るだろうから、始める前にジャージを脱いで、試合で着る青色で、白い細い線が二本入った半袖のユニフォームと、白のショートパンツ姿になってる。
あ、これは余談だけど。
そんなに背が高くて、12歳の少年が遊びで着るような半袖短パン姿を着こなすのはお前くらいだって言われた。
……それ、どういう意味だよって心の底から言いたい、よっ!!
スパァァァァァンッッ!!
……うん、それはおいとくとして。良い具合だ。今日の調子は絶好調。
良い音鳴らして、壁打ち出来てる。
「絶好調だね、これで負けたら……いや、負けることなんて考えちゃダメだ。今日の為に練習したんだから」
仲間と共に練習した、あの日の日々。あのときの経験を忘れなければ今日は勝てる。どこかの漫画にも書いていた。練習は嘘をつかないって。
…………うん。まぁえと、そんにしてもぉ。
「来るの遅いなぁ。なにやってんだろ」
パシッと、テニスボールをキャッチして、スマホが入ってるジャージの所へ歩いてく。壁打ちするから、少し離れた所へ置いてたんだ。
取り合えず、一旦連絡をとろう。て、はやく来過ぎたから……超待たなきゃいけないのかもしれないね。
そんな事を思いながら、ジャージのポケットからスマホを取り出す。その時だ。
「勢川理人だな」
背後から声が聞こえた。振り替えると、黒服と黒いサングラスといった、黒ずくめの怪しい集団がいた。
え? な、なに? もっもしかして……また、ファン? いやでも、彼等から感じるこの雰囲気……とてもそうは見えない。
な、なにか、危険な香りがする。
「そ、そうですが……貴方達は?」
と、とりあえず。聞かれた事には答えておこう。ここで黙りは危ない気がする。
……て、ん? なんか黒塗りの車がこっちにやって来る。ここ、道路じゃないのに……当然車の通行が禁止されてる、危ない車だ……っ!!
「俺だ。勢川理人に接触した。今から連行する」
「…………ッ!!!」
それは突然の事だった。僕は、複数の男に取り押さえられ、近づいてきた黒塗りの車に無理矢理乗せられてしまうっ。全く抵抗なんて出来なかった!!
その時にスマホを落としてしまい、僕は半袖短パン姿のまま車へと押し込まれたんだ。そしたら、すかさず両脇に黒服達が詰めて座ってくる。完全に逃げ場を失った。
「ぐっ、くっ。おっ、お前達……僕を一体どうするつも」
「黙ってろ!! おい、いけ」
「了解しました」
強引に車の後部座席に乗せられた、直ぐに体勢を立て直して言い掛かるけど、取り合ってくれない。それどころか、ブォォォォォォンッ!! と、激しい音をたてて、車は発進してしまった。
いや、いやいやいや……待ってよ。ありえないでしょ。こ、これって……ま、間違いなくっ。
僕ってば拉致された!!
な、なんで僕が? 僕なんて拉致しても、何の意味もないのにっ。
頭の中は大混乱。酷く取り乱しながら、僕は黙って車内でじっとしている事しか出来なかった。
車はどんどん進んでく。何処へ行ってるのか分からない……。
さっきまでは、戸惑いを感じてたけど、今になって恐怖が芽生えてきた。
「…………」
くそっ、まさかこんな事になるなんて……いや、こんな事、誰も予想できない。悲観とかしなくても良いんだ。
と、取り合えず、今は落ち着くこと。それが一番大事だ。
でも、くそっ。動揺するのは確かだ……こんな事は初めてなんだから。どうして良いか、分からない。分からないまま、車は何処かの建物に止まった。古びた大きな家……だ。
こ、こんなところに僕を連れてきて、一体何をするんだ。
「降りろ」
「……っっ」
そう言いながら、僕を車に下ろし、腕を掴まれ、その家へと連れられる。
ガチャ……、扉を開けると、中は立派だ。大理石の床、白い壁。高級ソファーにテーブル、ん? 奥に誰か座ってる? こいつらと同じ黒服を着てるけど、明らかにこの人達より上の立場だって事が分かる。そんな雰囲気がひしひしと感じるよ。
「おぉぉ。君が理人君か。強引な呼び出しでごめんなぁ、まぁ座って……おい、お茶ださんかい」
「はい」
っっ、グラサン越しににこっと笑うその男。僕は言われた通り、そのソファーに座る。そしたら、その男は肘をテーブルに乗せ。ジッと僕を睨んできた。
っっっ、その仕草だけで息がつまりそうだ、この人から恐怖だとか危険、そう言う負の感情を感じる。
「いきなり連れてきてごめんなぁ。まぁゆっくりしたら良いから」
「…………」
「ん? なんか喋ってもええやよ? あれか? 初対面には口下手な人か? 理人君は」
喋り方は物腰やわらか。でも、この筋肉質な体格、未だ睨み据えるこの目付きで、そんな物腰やわらかな喋り方にはクスリとも笑えない。
警戒、危険、極力喋るな……そう脳が言っている。そうだ、無駄な事は喋ってはいけない。おちつけ、僕。
いま、冷静さを保ってるように見えるけど、脚が震えてるし、ちゃんと恐怖を感じてる。だからこそ、余計に黙ってた方がいい。下手なことをして、向こうを刺激しちゃいけない。
人を拉致した相手なら尚更だ。
嫌な汗をかく、ダラダラ、タラタラ……っっ。ポタッ、ぽたっとテーブルに汗が滴りおちたタイミングでお茶が運ばれて来たけど。僕はソレを口にしなかった。
そしたらだ。
「まぉ、うん。取り合えず、もうそろそろ用件を言った方がいいか? まだ、なんで連れてこられたか分かってないみたいやしな」
……ニッと笑う男は、ビッ!! と俺を指差す。そんな仕草にビクッ、とすると。続けてこの男はこう言ったんだ。
「俺等はなぁ、闇テニス界の使者や。まぁ、簡単に言うたら、テニスでビジネスしてる奴等って思ってもらったらいいわ」
っっ。や、闇テニス界の……使者? な、なにそれ。僕はそんなの聞いた事、ないぞ。と言うか、テニスでビジネス……って、どういう事、だ?
「まぁ、ビジネスって言っても難しい事じゃないんだ。世界各国プロアマ問わずやってるテニスの試合、そこに出てる選手の勝敗を掛けるっていうビジネスだ」
「…………ッッ!! そ、それ、まっまさか……テニス賭博!!」
「お。やぁっと喋ったか。そうだ、その通り……テニス賭博やなぁ。まぁこの事は、大会関係者や理人君含め、選手等も誰も知らない事だ」
にやっ、と不気味に笑う男は、ずぃっと僕に顔を近付けてくる。
……て、テニス賭博、そっそんな事を取り仕切ってる奴等に、僕は拉致されたのかっ。
テニスで賭け事っ、テニスに人生を掲げて来た僕にとっては、許せない事だっ。
「あぁ、理人君。噂によれば。お前……相当な実力らしいなぁ。エースって言われてるそうじゃないか。サーブが強烈とか、スピンを生かしたプレイスタイルだとか……言われてるらしいなぁ」
「それが、なにか?」
ククク……ッッ、わかってるだろぉ? そんな意味を込めた笑みを浮かべる男。
「おい、あれを」
「はい」
別の黒服に首をくいっとやると、その黒服は大きなアタッシュケースを持ってくる。それをテーブルに乗せる。……まだ、中は見ていないけど、僕は分かってしまった。
今の話の内容から察すると……これの中身は。
「ここにコレだけの金がある。こいつを理人君にあげよう。でもなぁ、今日の試合負けてくれないか? 俺らもなぁ……若くて活力ある男の足を引っ張りたくないんだが、いかんせん俺等の雇い主がよぉ、別の選手が勝つ事に掛けてるんだ」
やはり、金だ。それも大金……。
男は、その中身をこれ見よがしに見せ付ける。
……はらわたが煮えくり返りそうだ、下手なことは言っちゃいけない。でも、これは怒らざるをえない。
負けろ? そんなの八百長じゃないか。それ以前に掛けテニスをやってること事態が腹立たしい。
神聖なスポーツを汚された。なんだと思ってるんだ。汗水垂らして、皆が努力した舞台に泥を塗るような真似をして……。
「な? わかるだろう? 理人君に勝ってもらっちゃぁ非常に困るんだよ。ここは大人の対応をしてもらいたい。勿論、この事は秘密にする。この金を受け取って、理人君は負けて、ずっと黙っていれば……全て丸くおさまるんだよ。俺等の利益の為にさぁ、頼むよ」
つい睨んでしまう。ふざけるな、ふざけるなよ……っ。
「そんな事は……しないっ!!」
「あ?」
言った。言ってしまった。身を乗り出して睨み付けて言った。
一気に怒気を感じる、ざわっ、ざわわ……鳥肌がたってくが、怯まないっ。
屈してはダメだ、こんな奴等に屈したくはないっ。
「あぁ、正義感感じてんならさぁ。今は引っ込めてくれないか? でないと、理人君……ただじゃ済まないよ? もしかしたら、一生テニス、出来なくなるぞ?」
「……お、脅し、ですか?」
「おい。今のうち金受け取って、はいって言っとけ。マジで潰すぞ、お前の両腕」
っっ。無意識に右腕を掴んだ。潰す……その言葉が恐いくらいに頭に響いてくる。
恐い、本当に恐い……っっ、だけど、僕の態度は変わらないっ。黙ったまま男を睨むっ。
この沈黙が、絶対に八百長はやらない、と言う意思だ。
「その庇ってる腕。条件を飲めば、金も手に入るし、無傷で帰すっていってんだ。……言い忘れたが、追加で報酬も渡してやるよ。どうだ? 悪い話じゃないだろ? こっちも手荒な真似はしたくねぇんだよ、な? 受けろって」
受けないっ。受けてたまるか、何を言われても、僕は意見を変えないっ。
「…………けっ。強情な奴だ、理人君は怪我をしたいらしい」
男は、スッと手を上げる。そしたら、周りの黒服達が近付いてくるっ。
「おい。こいつをどうこうすんのは後だ。取り合えず、奥に閉じ込めておけ。試合さえ出なけりゃ、こいつは不戦敗だ」
「はいっ」
そのあと、命令を受けた黒服の一人は、僕を後ろから羽交い締めされるっ。
不戦敗……そうだ、試合に間に合わなかったら、僕は負けるっ。こいつらの思惑通りになってしまうっ。
「……っ。は、離せっっ、ぐっ、くっ!!」
そのあと、腕を後ろに回され、手枷をされる。それだけじゃない、目隠しもされたっ。
「……へ。無駄に正義感掲げやがって」
その男の声を聞いた後、僕は暗闇に支配され、何処かへ連れていかれてしまった。
っっ、くそっ、このままじゃ試合に間に合わないっ。いや、それ以前に……僕の身が危ないっ。
どうする? 今更になって、強大な恐怖が僕を支配してくるっ。あんな恐い男に啖呵をきって、睨み付けて。自分の行為が……命知らずの行為だったと自覚するっ。
……こ、こうやって無事でいられるのは奇跡だ。
いや、無事なのは今だけかも知れない。もしかしなくても僕は……無事ではいられないかも知れない。
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