重機装士ヴァルダーこと海防大学工学部1年生の皆上遼馬は、ブレイバーズ長官の牧村光平から若手女優・琴川玲奈の護衛を命じられる。
遼馬の決意
光平との通信を終え、中央モニターが静かにブラックアウトすると、地下指令室に張りつめていた空気が、ふっと緩んだ。
遼馬はヘルメットを脇に抱えたまま、オペレーター席にいる志穂乃へと向き直る。
「ところで志穂乃さん。ヴァルダーのヒーロー登録が認められたってことは……武器使用の件はどうなったんですか?」
志穂乃は小さく肩をすくめ、苦笑気味に首を振った。
「いいえ。それはまだよ。お役所仕事が遅いのは、どこの省庁も同じだから……」
ブレイバーズから公式にスーパーヒーローとして認められたとはいえ、警察関連の許可は別枠だ。
志穂乃の視線は、モニター横に表示された申請一覧へと向けられる。未処理の表示が、やけに多い。
「そっスか」
遼馬はあっさりと頷くと、不意に笑顔になった。
「ま、俺は別に構わないッスよ。俺には、これがありますから」
そう言って、自分の拳を握りしめる。

構えられたその姿は、冗談めいていながらも、どこか無駄がなかった。
中学、高校と空手部に所属し、主将として全国大会の舞台まで仲間を導いた男。
大学に進学した今も、その鍛錬だけは部活はやっていないとはいえ一日も欠かしていない。
これまでもヴァルダーは、武装なしの徒手空拳で、幾度となくヴィランと渡り合ってきた。
秀太郎は腕を組み、満足そうに大きく頷く。
「ブレイバーズに所属しての初仕事だ。頼んだぞ、遼馬くん!」
「はい。任せてください!」
迷いのない返事だった。
その声には、若さ特有の勢いだけではない、積み重ねてきた時間の重みがあった。
安土にて
◆

一方――
滋賀・安土市。セントリネル・ハブ上層階にあるブレイバーズ長官室。
大きな窓から差し込む午後の光の中で、牧村光平はデスクに背を預けるようにして、小さく息をついた。
「どうだった?」
ソファに腰かけていた秘書官であり、恋人でもある沢渡優香が、柔らかな声で尋ねる。
「皆上遼馬くんって」
「ああ……なかなか面白い子だったよ」
光平は、どこか楽しそうに笑った。
その様子を横目に見ながら、もう一人の秘書官――錦織佳代が、机の上に置かれていたファイルを手に取る。

「改めて確認するね」
淡々とした声で、プロフィールが読み上げられる。
「皆上遼馬。十九歳。海防大学工学部一年に在籍。
幼少期に両親が離婚し、仙台の母方の祖父母に引き取られて育つ。
中学時代、空手部に所属し全県大会優勝、全国大会準優勝。
その後、単身上京して海防大学附属高校にスポーツ特待生として入学。高校時代も空手部で数々の成績を残し、高校卒業後はエスカレーター式で海防大学に進学し、現在に至る……」
佳代は一度だけ視線を上げた。
「……正直に言えば、少し出来すぎた経歴ね」
指先で画面をなぞりながら、控えめに続ける。
「今回の件、いきなり新人のルーキーに任せて大丈夫なの?
本部からも、念のため応援を出した方が――」
「いや」
光平は即座に答えた。
迷いはなかった。
「今回は、彼を信じて、全面的に任せてみようと思う」
佳代は一瞬きょとんとしたあと、口元に小さな笑みを浮かべる。
「……よっぽど気に入ったみたいね?」
光平は照れ隠しのように視線を逸らし、窓の外に広がる街並みを見つめた。
「一度、通信で話しただけで人を判断するのは早計だとは思うけど」
そう前置きしてから、静かに言葉を継ぐ。
「彼が特撮ヒーローの話をしていた時の、あの目。
本当に夢と希望を語っている人間の目だった」
そして。
「任務を任された瞬間に、はっきりと答えた時の……あの目つき。
覚悟があった」
机の上に置かれた遼馬のデータを、指先で軽く叩く。
「あれは間違いなく、人々を守る戦士の目だ。
……俺には、分かるんだ」
優香はその横顔を見つめ、くすっと微笑んだ。
「光平くんが、そこまで言うなら」
軽やかな声で締めくくる。
「まずは――お手並み拝見、ね♪」
長官室に、穏やかな期待の空気が静かに満ちていった。
閉ざされた山荘
人里から完全に切り離された、深い山の奥。

苔むした木々に囲まれた古い山荘の一室で、白影伸一と井ノ原敏久は、並んで簡素なベッドに横たわっていた。
二人とも両脚に分厚いギプスを巻かれ、身動きはほとんど取れない。
「……赤峰さん、本当にありがとうございます」
白影がそう言うと、ベッド脇に立っていた女は、柔らかく微笑んだ。
「いいんですよ。私、看護師ですから」
赤峰典子は、手慣れた様子で点滴のチューブを整えながら、穏やかな声で続ける。
「それに……うちの子が、スーパーレンジャーシリーズの大ファンなんです。あなたたちの番組で、どれだけ元気をもらったか」
その言葉に、井ノ原は少し照れたように笑った。
「それは……光栄です」
山での事故。転落。骨折。
そして、偶然見つけてくれたこの山荘の持ち主。
最初は、奇跡のような話だと思っていた。
食事は三度きちんと運ばれ、包帯もこまめに替えてくれる。
痛み止めのタイミングも正確で、まさに“献身的な看護”そのものだった。
だが――。
「……あの、赤峰さん。携帯を少し貸してもらえませんか?」
白影が恐る恐る切り出す。
「仕事先に……無事だとだけでも連絡を……」
一瞬。
赤峰典子の手が、わずかに止まった。
ほんの一瞬だけ。
だが、二人にはそれがはっきり分かった。
「ああ……ごめんなさい。ここ、ほとんど電波が入らないんです」
すぐに、いつもの優しい笑顔に戻る。
「無理に外と連絡を取ろうとすると、かえって体に障りますよ。ほら、まだ熱も少しあるんですから」
やんわりと、だが確実に話題は打ち切られた。
その日の午後、井ノ原が窓の外を見つめながら、ぽつりと言った。
「……少し、外の空気を吸いたいな」
「それはダメです」
今度は、即答だった。
声は柔らかい。だが、はっきりと遮る口調。
「山道は熊が出て危険ですし、転んだら大変です。今は、ここで大人しくしていましょう?」
逃げ場のない微笑。
閉ざされた山荘。
やがて夜になり、赤峰が部屋を出ていったあと――。
白影は、声を潜めた。
「……井ノ原さん」
「……ああ」
互いに視線を交わす。
感謝は、確かにしている。
だが、その感謝の裏側で、説明のつかない違和感が、静かに膨らみ始めていた。
玲奈との出会い
◆
一方その頃。
都内某所の大型撮影スタジオ。
スタジオの外の片隅で、皆上遼馬は、心底うんざりした表情で、目の前の二人を睨みつけていた。
「……なんでお前たちまで一緒に来るんだよ」
ジト目で見つめられた西沢基樹は、まったく気にした様子もなく、にこにこと笑う。
「まあまあ、そんな顔すんなって遼馬」
軽い調子で肩を叩く。
「琴川玲奈ちゃんの護衛任務なんだろ?
玲奈ちゃんってさ、ライレンジャーの撮影中からアニメの声優活動も並行しててさ、声優ファンの間でも注目株なんだよ」
「知ってるよ。最近は特撮出身の経歴を持つ声優さんも多いからな」
「だからさ、俺も手伝ってあげる♪」
「お前なぁ……」
呆れた声を出した遼馬の横から、今度は綾瀬早弥香が腕を組んで言った。
「私は遼馬のお目付け役よ。お父さんからも頼まれてるもの」
「はいはい」
基樹は、にやりと意味ありげな笑みを浮かべる。
「つまりさぁ……綾瀬さんは、遼馬のヤツが玲奈ちゃんに鼻の下伸ばさないか心配なんだよね?」
「ち、違うったらッ!!」
早弥香は顔を赤くして、勢いよく言い返した。
「そんなんじゃないから!!」
ぴしっとした否定に、基樹は楽しそうに笑い、遼馬は深くため息をついた。

(……先が思いやられる)
とはいえ、この二人が素直に帰る気配など、微塵もない。
「……いいか。もし、危ないことが起きたら、すぐ逃げるんだぞ」
そう念押しして、遼馬はしぶしぶ同行を認めた。
「お待たせしました。こちらです」
スタッフに案内され、楽屋前の控室へと通される。
ドアが開いた瞬間。

そこには、清楚な白いワンピースに身を包んだ少女と、スーツ姿の男性が待っていた。
「ブレイバーズの皆さんですね」
柔らかく微笑みながら、少女は丁寧に一礼する。
「琴川玲奈と申します。この度は、よろしくお願いします」
テレビやCMで見る、そのままの印象だった。
礼儀正しく、品行方正で、透明感のある美少女。
あの光銃戦隊ライレンジャーのライピンク――桃原美鈴を演じた女優がすぐ目の前にいる事実。
遼馬は少し緊張しながらも、口を開く。
「あ、ああ……ブレイバーズなのは、俺一人だけで……後の二人は――」
――その瞬間。
ぐしゃ。
「痛てッ!?」
隣から、強烈な衝撃が左足に走った。
基樹が、にこやかな笑顔のまま、しっかりと遼馬の足を踏みつけていた。
「はじめまして、玲奈さん」
まるで何事もなかったかのように、爽やかな声。
「貴女のことは、僕たちブレイバーズが責任を持ってお守りします!」
「…………」
遼馬は歯を食いしばった。
(こ、こいつぅぅ~ッッ!!💢)
横でその一部始終を見ていた早弥香は、何も言わず、ただ静かに呆れた目を向けるだけだった。
どうやら――。
護衛任務の前途は、事件以前に、すでに波乱含みのようだった。
(つづく)

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