作:有栖川飴璃 様
マリンブルーのボーダーシャツに合わせたジャケットが、空に流れていく雲と似た色をしていると知った昼下がり。
ぼんやりとそんなことを考えて、見上げるのをやめた後、鞄を肩へと掛ける。
在籍している都内の大学で、今日の分の講義を受け終わった、その帰り道。
静かな住宅地を通り、足をひたすら進めていた。
平瀬倫生の人生は恐らく、そうやって続いていくはず。
少なくとも、この二十に満たない年数は、平凡に歩いてきた。
それを退屈だとか、悪いとかは思わない。
けれど、これでいいのかと自信がなくなる瞬間はある。
「はあ……ん?」
思わず溜息を吐きつつ俯いた時、足元に俺以外の影が揺れた。
なんだろう、と思い振り向く。
すると、目出し帽を被った二人組が、抱き着いてきたではないか。
タックルされるように身を締め付けられる。
咄嗟に声が出ず、目を白黒させて驚くしかない。
漸く喋れるようになったのは、見知らぬ建物へ車で連行されたあと。
「んんっ……んー!」
しかも、粘着テープを貼られた為、折角復活した声帯の勇気は役立たない。
一体どうしてこんな真似をするのか問い質したかった。
幸いと言っていいのか大柄な方が雑誌をパイプ椅子の足元へ投げ捨てる。
背凭れにぴったりと縛り付けられ、更にはショートパンツから剥き出しの足首もきつく結ばれていた。
だから体勢は変えず、首を伸ばして覗き込むしかない。
そのページに記されていたのは、同じ大学生でありながらITベンチャー企業を設立した天才と謳われる、青年の特集。
大きな文字でイケメン、と称されているのを見てしまっては何とも言えないが。
彼は、俺に似ていた。恐らく、彼等はそこを誤解して誘拐行為に至ったのだろう。
「うぅ、んんーっ」
人違いだということを訴えたくても、言葉にならない。
だからと言うわけではないが、暴れて神経を逆撫でするのは怖い。
じんわりと浮かぶのは汗だけではなく、眼球を潤すものもあった。
仕方無いではないか。人違いで拉致、監禁されているのだから。
やがて男達は、俺が所持していた鞄を漁り出した。
恐らくは、家に脅迫電話を入れる為の手段を探してのこと。
それをどこか冷静に見ている、俺。
いくら探したって、目当てのものは出てきたりしない。
寧ろ、誤解だと判るだけで。……そうか。
僅かな期待が生まれた。学生証をこいつ等が目にすれば、間違いに気付く。
少ししてから、一人の男が血相を変えてこちらを見てきた。
手には予想通り、俺の学生証。
共犯者に何か耳打ちをしている様子を目にして、ハッとした。
もしかして、用の無くなった俺は安全性を考慮して……殺されるんじゃないのか。
嫌だ。そんなの、嫌だ。
ぎゅっと、目を瞑る。すると、一滴が膝に落ちた。
その時である。身体を窮屈に拘束していた抵抗が、無くなった。
顔を上げると、犯人が目出し帽越しに謝ってきたではないか。
そしてそのまま、俺は当然のように元居た場所へと連行され、放られた。
すっかり日の暮れた道の上、何とも言えない気持ち。
平坦なはずの人生に、突如現れた出来事だった。
END
コメント