作:旅鴉 様
今日も楽しい仕事の始まりだ、とっても素敵で非合法なお仕事の…
『誘拐のお仕事』
(さて今日の獲物は…)
俺は仲介者から送られてきた写真に目をやる、長い黒髪を両端で括ったツインテールのテニスウェアを着た美少女が写っていた。
彼女の名は藤永沙織、年齢は18歳の高校3年生、テニスのインターハイ女子シングルで優勝、そのルックスも相まって今や国民的アイドルアスリートだ、高校卒業後はアメリカへのテニス留学が決まっている、やや遅咲きではあるが世界的女子プロテニスプレーヤーになることを期待されている、まさに金の卵だ。
その娘を、今から俺は誘拐しようとしているのだ、それが俺の仕事だから。
俺はまあ、名前は伏せておく、とりあえず「黒い誘拐犯」とでもしておこうか、他に通り名が思い浮かばない。
俺への依頼はおもに仲介者を通して行なう、依頼主と直接関わらない方がお互いにとってなにかと都合が良い、だから依頼主の理由や目的などは解らない、そして依頼主がその後どうなろうと一切責任を負わない、誘拐するまでが俺の仕事だ、仲介者とも仕事のやり取り以外で関わることはない、今までこのルールを守っているお蔭で、依頼人がしくじっても俺のところまで火の粉は飛んできたことはない。
だから俺の仕事は殆ど単独だ、ただ自分だけではどうにもならない時もあり、その時のための猟犬も一応用意している、それでも仕事はなるべく少数で行なう。
それなりに人数がいる方がこの仕事はやりやすいのではと思われているようだが、俺は少数でやるほうが性に合ってる、人数が多ければそれだけしくじった時に足がつきやすいからな。
さて、どうでもいい自己紹介はこのぐらいにして、本日の仕事だ。
俺は今、作業用のワンボックスカーに乗り、作業着に伊達メガネ、作業用帽子にマスクという出で立ちだ、勿論変装だ。
俺は今、とあるテニススクールと契約している清掃会社の職員ということになっている、元からの社員には仲介者が金を渡して消えて貰っている、無駄な出費だが今回のターゲットはそれなりの価値があるということだろう。
ターゲットこと藤永沙織は今や有名人、それだけガードも固くなってきている、顔も売れれば変なやからも集まってくるからな、この仕事人ももしかしたら、そんなやからの1人なのかもしれない。
だが彼女が1人になる瞬間がある、それはこのテニススクールでの個人練習の時だ、テニスコートでの練習中は誰か他の人間やコーチなどもついているだろうが、練習が終わった後、更衣室に戻る瞬間彼女は1人になる、その時がいつかは既にリサーチ済みだ。
俺はテニスクールの裏、関係者入り口前の駐車スペースに車を止め、大型のダストカートを荷台から下ろす、そしてそれを押しながら関係者入り口から堂々と建物の中へと入っていく。
「こんにちは~、オカメクリーンです!」
俺が挨拶をすると、カウンター越しに警備員がひょこっと顔を出す。
「いつもの人と違うね?」
「ああ、前の人辞めたんで代わりに入った者です、以後よろしく」
「こちらこそよろしく、それじゃお願いね」
いとも簡単に入ることが出来た、まあ警備員もいちいち取引業者の人間など警戒などしてはいない、社員証と業者名の入った制服を見せれば疑われることはない。
俺はゆっくりとカートを押しながら通路を進む、確か次の角を曲がれば。
(なるほど、リサーチ通りだな、流石だなポインター)
俺の数少ない協力者の猟犬の1人だ、情報屋であり優秀なハッカーでもある。
この通路だけは設計上そうなっているのか、防犯カメラに映らない死角になっている、やるとしたらここだ。
その時、前方から1人の女の子が歩いてくる、ピンクと白を基調としたテニスウェアに黒髪のツインテール、間違いない今回の獲物だ。
(見事に情報通りだ、彼女はこの時間にいつも練習を終える)
俺はゆっくりとターゲット、藤永沙織の横を通りすぎる。
「こんにちは、ご苦労様です」
藤永沙織は笑顔で俺に挨拶をしてくる、情報通り有名になってからも偉ぶることはなく、誰にでも分け隔てなく接する、感じの良い子だ、だからこそ余計にこの仕事に熱が入る。
獲物はやっぱり質の良いものの方がいい、それだけ後の表情が楽しめる。
俺も小さく挨拶を返し、その横を通りすぎる。
そして彼女が俺の横を通り過ぎ、背を向ける、ここからがスピード勝負だ、絶対に失敗は許されない、誰かが来る前に、俺はカートの横のポケットに入ったスプレー缶にそっと手を伸ばす。
「あ、あの、ちょっと…」
「はい?」
藤永沙織が俺の呼びかけに振り向いたその瞬間、スプレー缶の吸入マスクを彼女の鼻と口を塞ぐように押し付ける。
「…ッ!?」
彼女が声を上げるよりも早く、スプレーの中の睡眠ガスを噴射させる、そして意識を失い床に崩れ落ちようとする彼女の身体を空いた左手で抱きかかえる。
俺は周囲を警戒しながら、意識を失った藤永沙織の口に布を詰め込みその上に粘着テープを貼り、結束バンドで手足を拘束した後、彼女の身体を抱きかかえダストカートの中に押し込める。
「どうも、お世話になりました」
「お疲れ様です」
カートを押し挨拶をしながら出て行く俺に、警備員が挨拶を返す、カートの中も確認されることはない、万が一確認されたとしてもカートは細工して二重底のしているので誤魔化すことは出来たのだが。
俺は人1人分重くなったカートを荷台に乗せ、何事もなかったようにテニススクールの敷地の外へと車を走らせた。
俺は監禁場所へと移動すると、藤永沙織を椅子に座らせ、改めてロープで縛りなおした。
暫くして小さく呻き声を上げながら意識を取り戻した藤永沙織。
「・・・っ!?」
状況を理解出来ぬまま驚きの表情を見せる藤永沙織、そりゃあ驚くだろう、練習を終え帰ろうとしたら突然清掃員に襲われ、目を覚ましたら縛られていて、そして目の前にはフード付のコートを頭から被り、黒いマスクをつけた男が目の前に立っているのだから。
このスタイルは何だって、一応変装だ、マスクの下には変声機も付けてある、心配するなダサい自覚はある、あくまでも素性がバレないための配慮だ、カイ○=レンって言った奴、表出ろ…。
「んん~っ!んんっ!!んんんーっ!!」
藤永沙織が怯えた顔で首を左右に振りながら、涙混じりの目を俺に向けてくる。
いい表情だ、俺はサディストの自覚はある、理不尽な目にあって恐怖や怒りの目を向けてくる女の顔がたまらなく好きだ、そして縛られた姿、猿轡から漏れる呻き声、そのどれも好きだ、だからこの仕事は天職だと思っている、多分俺は地獄に堕ちるだろうがそれでもこの楽しみには変えられない。
「なぜ自分がこんな目にって言いたいのかな?」
その言葉に藤永沙織はコクコクと頷く。
「さあなぁ…俺にもそれは解らん」
誘拐の実行犯にそう返され藤永沙織はキョトン顔だ、それはそうだろう、だが、本当に俺には解らないのだ、というか、俺にはどうでもいいことだ。
「俺はただ君を誘拐してくれと依頼されただけだ、そのことは今からここに君を引き取りにくる依頼者に聞いてくれ」
「んんんーっ!!んんんぐーっ!!んんんっ!!んんんぐーっ!!」
そんな曖昧な答えが更に彼女を不安にさせたようだ、一際激しくもがき必死に言葉にならない声を上げながら俺に助けを求める。
良い反応だ、美少女が怯えながら必死にもがく姿はより俺の嗜虐心を擽る。
「そんなに頼まれても助けるわけにはいかないよ、これも仕事でね、俺の仕事はここまでだ、君はここで大人しくしておくんだね、寂しがらずともすぐに君を誰かが迎えに来る、それがどんな人間だかは俺にも解らないが…」
さて何者なのやら、彼女を人質に身代金をせしめようと考えている人間か、彼女のライバルの関係者か、彼女を利用しようとしている業界の関係者か、もしくはどこかの組織の人間か、それとも彼女の度を越したファン、またはストーカー、まあここからは俺の領域じゃない、その後のことは依頼人の責任だ。
藤永沙織を部屋に残し部屋を後にする、部屋の扉が閉まるその時まで彼女の悲痛な呻き声が俺の背中に響いていた。
俺はポケットからスマホを取り出し、仲介者に依頼完了のメールを送る。
すぐさまメールが返信されてきた、新たな獲物のファイルを添え付けて。
「休暇はくれないのかよ、早速新たな狩りか…」
監禁場所の外には、乗ってきた作業車はなく、代わりに別の黒塗りのワンボックスカーが止まっていた。
俺はその車に乗り込み、助手席にダサいマスクとコートを放り投げ、エンジンを吹かし車を走らせた。
END
コメント
誘拐組織のハンターくんもこっちに無事移動出来たようで、
そういえばこいつが原点だった、何かイロモノばっかしSSで書いてましたから、たまにはまたこいつも使いたいですね。
誘拐組織のハンターさんにもブレイブサクセッションで活躍してもらうかもしれません(^^♪