スーパーヒーロー事業部へようこそ!
東京・芝浦。
湾岸の高層ビル群の中でも、ひときわ無機質な威圧感を放つ巨大な建物――
それが、亜斗夢重工本社ビルだ。

日本を代表する重工業・先端技術企業。
戦車、戦闘機、無人兵器、さらには自衛隊向けの次世代大型機動兵器まで――
このビルの奥では、日本の防衛と技術の最前線が日々更新され続けている。
その正面エントランスに、一人の少年が立っていた。
皆上遼馬。
海防大学工学部、まだ一年生、19歳。
場違いとも思えるほど大きな吹き抜けのロビーに、遼馬は一瞬だけ気後れしながら、受付カウンターへと歩み寄った。
カウンターの向こうで、端正な制服姿の受付嬢が、完璧な微笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
遼馬は、わずかに周囲を気にしてから、声を落とした。
「……“重機は正義の足音”」
ほんの短い言葉。
だが、その瞬間だった。
受付嬢の表情が――ほんの一瞬だけ、業務用の仮面から切り替わる。
感情のない、正確な動きで、彼女は端末を操作した。
カウンター背後の壁一面に設置されたモニターのひとつが静かに点灯し、
《地下資材倉庫 B-7》
という文字が浮かび上がる。
受付嬢は、再び完璧な微笑みに戻った。
「資材搬入口の方へどうぞ。
B-7までは、エレベーターで地下三階でございます」
遼馬は軽く頷くだけで、礼も言わず、奥へと歩き出した。
――ここから先は、普通の来客が足を踏み入れる場所ではない。
自分でも分かっている。
*
地下三階。
コンクリートと鋼鉄に囲まれた無機質な通路の突き当たりに、
一枚の無骨な鉄扉が立っていた。
表示は、何もない。
ただ、壁の一角に埋め込まれた小さな認証パネルだけが、静かに待機している。
遼馬は一歩前へ出た。
パネルが淡く光り、低い電子音が響く。
――虹彩認証。
視線を合わせた瞬間、目の奥をなぞるような光が走る。
続いて――指紋認証。
右手をかざすと、再び短い電子音。
数秒の沈黙のあと、表示が切り替わった。
《認証完了:皆上遼馬 VALDER》
その文字を見て、遼馬は小さく息を吐いた。
自分の名前の横に並ぶ、そのコードネーム。
次の瞬間。
ゴゴゴ……という、低く重たい駆動音とともに、
分厚い鉄扉が、左右にゆっくりと開いていく。
開いた先に広がっていたのは――
異様なほど整然とした、無機質な長い通路だった。
天井の白色照明に照らされ、床も壁も、すべてが冷たい金属と樹脂で統一されている。
そして、通路の両脇の壁には、
重機装フレームの構造図。
装甲ユニットの断面設計。
稼働ログ。
出撃時刻と帰還記録。
まるで、兵器工廠と作戦司令室を一体化させたかのような光景が、延々と続いていた。
遼馬は、その中を無言で歩いていく。
――不思議と、足取りは迷わない。
胸の奥が、ゆっくりと別のモードへ切り替わっていく感覚。
通路の最奥。
ガラス張りの指令室の前で、遼馬は立ち止まった。
中では、すでに二人が待っていた。

一人は、落ち着いた風格を持つ男。
亜斗夢重工社長兼CEO――綾瀬秀太郎。
そして、そのすぐ隣に立つのは、水色のシャツとベージュのスカートに身を包んだ女性。
社長秘書の西沢志穂乃だった。
自動ドアが静かに開く。
「お疲れさま、遼馬くん」
志穂乃が、柔らかく声をかける。
「よく来てくれたね」
秀太郎もまた、穏やかに微笑んだ。
遼馬は、二人の前に立ち、軽く背筋を伸ばす。
「はい……」
そして、ほんの少し照れくさそうに、続けた。
「……なんか、ここに来ると、スイッチ入る気がします」
志穂乃は、どこか安心したように小さく笑った。
秀太郎は、遼馬の背中越しに、通路の奥を見やる。
「それでいい。
ここは――そういう場所だからね」
その瞬間。
カメラが、遼馬の背後へと回り込む。
彼の肩越しに、指令室のガラス越しの風景がゆっくりと引いていく。
通路の左右に並ぶ開発区画。
巨大な整備ベイ。
天井クレーンに吊られた、白とオレンジの装甲ユニット。
壁一面に広がる作戦モニター。
ここは、ただの研究施設ではない。
ただの軍需開発部門でもない。
亜斗夢重工の内部に、極秘裏に設置された――
“スーパーヒーロー事業部”。
誰にも知られず、
誰にも記録されず、
それでも確かに、この街を守るためだけに存在する部署。
その全貌が、遼馬の背後に、静かに、そして圧倒的なスケールで広がっていた。
牧村光平との邂逅
ガラス張りの指令室に、静かな緊張が満ちていた。
巨大モニター群の淡い光に照らされながら、
遼馬は、背筋を伸ばして立っていた。
ここは――
亜斗夢重工本社ビル地下に隠された、極秘部署。
スーパーヒーロー事業部。
筋金入りの特撮ヒーローオタクでもある綾瀬秀太郎が、役員会にも知らせず、たった一人の情熱から生み出した秘密の組織。
表向きは「新規社会貢献プロジェクト研究部門」。
だが、その実態はただ一つ。
重機装士ヴァルダーの運用、整備、指揮――
すべてを担う、ヒーロー専属の司令部だった。
秀太郎は、指令卓の前で軽く咳払いをする。
「今日、君に来てもらったのは――他でもない」
その声に、遼馬は自然と背中に力を入れた。
「実はね」
秀太郎は、どこか誇らしげに微笑む。
「これまでのヴァルダーの地道な活動の実績が評価されてね」
そして、少しだけ間を置いてから、はっきりと告げた。
「我が、亜斗夢重工スーパーヒーロー事業部は――
正式に“ブレイバーズ”に加盟することになった」
遼馬の瞳が、わずかに見開かれる。
「そして、重機装士ヴァルダーは――
名実ともに、正式登録スーパーヒーローだ!」
志穂乃が、隣で静かに頷いた。
ブレイバーズ。
地球および太陽系外地域の安全保障を目的とし、
世界中で活動するスーパーヒーローたちを統括する国際組織。
特撮オタクである遼馬にとって、その名は、まさに“雲の上”の存在だった。
……はずだった。
だが。
秀太郎は、遼馬の表情を見て、小さく首を傾げる。
「……ん?
なんだか、あまり嬉しそうじゃないね?」
遼馬は、少し困ったように視線を落とした。
「いえ……もちろん、嬉しいです」
小さく息を吸い、正直に言葉を探す。
「ブレイバーズで活躍してるヒーローたちの噂も、いっぱい聞いてますし……
尊敬もしてます」
そして、ほんのわずかに言いよどんでから、続けた。
「ただ……」
「ただ?」
秀太郎が、優しく促す。
遼馬は、胸の奥に溜まっていた思いを、そのまま言葉にした。
「本当の意味でのヒーローって……
どこそこの大きな後ろ盾があるとか、
肩書きがあるとか……そういうことじゃない気がするんです」
自分でも、うまく言えている自信はなかった。
それでも。
「人の目に見えなくても……
誰にも知られなくても……」
遼馬は、ゆっくりと顔を上げる。
「人々の小さな幸せを守るために、
陰ながら命を懸けて戦う――」
「それが、ヒーローなんじゃないかって……」
言い終わる前だった。
「偉いッ!!」
突如として、秀太郎が身を乗り出した。
「偉いぞ遼馬くん!!
それでこそ、私が見込んだ男だ!!」
両手を大きく広げ、まるで感動ドラマのクライマックスのような大げさなリアクション。
「いやぁ……もう……最高だよ……!」
遼馬は思わず目を丸くする。
「え、あ……あの……」
顔が、じわっと熱くなる。
「そ、そんな……」
志穂乃は、くすっと小さく笑った。
遼馬にとって秀太郎は、単なるガールフレンドの父親でも、雇い主でもない。
同じ特撮ヒーローとロボットアニメに人生を注いできた、
言わば――ヒーローオタクの師匠であり、同志だった。
秀太郎は、ひとしきり感動したあと、わざとらしく咳払いをした。
「コホン……」
そして、表情を引き締める。
「さて。話を元に戻そうか」
遼馬の方を、まっすぐ見つめる。
「実はね。そのブレイバーズの――牧村光平長官が」
遼馬の心臓が、どくんと跳ねた。
「君と、直々に話がしたいそうだ」
「えっ!?」
思わず、素の声が出る。
「そ、それって……マジっすか!?」
志穂乃が、指令卓の中央モニターを操作する。
「今、安土のブレイバーズ本部から通信が入ってるわ。
遼馬くん、こちらを見て」
遼馬は、反射的にモニターへ向き直った。
画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、近代的な執務室。
大きなデスクの前に、若い青年が座っていた。

柔らかく整えられた髪。
落ち着いた眼差し。
しかし、その奥には、はっきりとした強さが宿っている。
滋賀・安土市にあるブレイバーズ本部――
セントリネル・ハブ、長官室。
「はじめまして」
穏やかな声が、スピーカー越しに響いた。
「皆上遼馬くん。
ブレイバーズ長官の、牧村光平です」
遼馬は、慌てて深く頭を下げる。
「こ、こちらこそ、はじめまして!!
皆上遼馬と申します!!
ど、どうかよろしくお願いします!!💦」
画面の向こうで、光平は軽く吹き出した。
「ハハハ。そんなに緊張しなくていいよ」
優しく、肩の力を抜くように言う。
「堅苦しいのは、実は俺もあんまり好きじゃなくてね」
その一言で、少しだけ空気が和らいだ。
――でも。
遼馬の胸の高鳴りは、まったく収まらない。
この人が……牧村光平。
そして――
伝説のヒーロー。
自分と、たった五歳ほどしか違わないはずなのに。
画面越しでも分かる。
立っているだけで、周囲の空気を変えてしまうような存在感。
圧倒的なオーラ。
遼馬は、喉がからからになるのを感じながら、ただモニターを見つめていた。
胸の奥が、熱くなる。
憧れと、緊張と、言葉にできない感動が、身体の内側いっぱいに広がっていく。
――同じ“ヒーロー”の世界に立っている。
その現実が、今になって、はっきりと遼馬の心に刻み込まれていた。
指令
モニター越しに映る牧村光平は、ふっと柔らかく笑った。
「綾瀬社長からも君のことは聞いているよ。特撮ヒーローが好きなんだってね?」
「は、はい!」
反射的に背筋を伸ばし、遼馬は声を張る。
「特に、この前シリーズが完結したばかりのスーパーレンジャーシリーズ――」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「完結じゃありません! 休止です! あくまで休止!」
画面にぐいっと顔が近づく。
自分でも驚くほどの勢いで、遼馬は前のめりになっていた。
「えっ……?💦」
光平は明らかに動揺し、目を瞬かせる。
「もしかして牧村長官もレンジャーシリーズをご覧になるんですか!?
長官の世代的には第29作目の“警戒戦隊セキュリティレンジャー”辺りですよね!?
でも昭和の作品の再放送も捨てがたいですよ!
第10作の“爆炎戦隊ファイアマン”の最終回は、今も涙なしには語れません!」
止まらない。
言葉が、感情が、思い出が、一気にあふれ出す。
「あ、あのぅ……」
モニターの向こうで、光平は完全に引いていた。
その瞬間。
――はっ。
遼馬は自分の姿を中央モニターの隅に映る小さな反射で見て、ようやく我に返った。
「……す、すみません! つい……調子に乗りました……」
横を見ると、西沢志穂乃が口元を押さえてクスクスと笑っている。
光平は苦笑しながら、頭をかく。
「ごめん。特撮とかは……子供の頃も、あまりよく見てなくて……」
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。
「……そう……ですか……」
遼馬は、小さくつぶやくように答え、視線を床に落とした。
胸の中に、しぼんだ風船のような気持ちが広がる。
――当たり前だ。
誰もが同じものを好きなわけじゃない。
分かっている。
分かっているのに。
ほんの少しだけ、
同じ世界を共有できると思ってしまった自分が、恥ずかしくもあった。
モニターの向こうで、悲しそうにしている遼馬の様子を見ていた光平は、「もしかして遼馬の心を傷つけてしまったのでは…?」と罪悪感に駆られ明らかに困った表情になる。
しばらく逡巡したあと、助けを求めるように隣へ視線を向けた。
「……綾瀬社長、続けてよろしいですか?」
「うん、どうぞ」
秀太郎が、やさしく頷く。
牧村は小さく息を整え、表情を引き締めた。
「――そのスーパーレンジャーシリーズなんだが」
空気が変わる。
軽い雑談の温度が、静かに冷えていく。
「シリーズに関わった制作関係者が、相次いで行方不明になる事案が発生している」
「……えっ!?」
遼馬は思わず顔を上げた。
牧村は淡々と、だが重く言葉を続ける。
「まだマスコミには伏せているが、三日前。東雲プロデューサーの白影伸一氏と、脚本家の井ノ原敏久氏が、山中で消息を絶った。
後日、現場付近で発見された乗用車の中に、二人の姿はなかった」
一瞬、耳を疑った。
白影。
井ノ原。
遼馬にとっては、ただの業界人ではない。
小学生の頃、毎週テレビの前で胸を高鳴らせていた時間を作ってくれた、
“ヒーローを生み出した人たち”だ。
「ほかにも、数名のスタッフや、番組スポンサー関係者が音信不通になっている」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
――冗談じゃない。
特撮という文化そのものが、何者かに狙われている。
そんな感覚が、遼馬の中で形になり始めていた。
「これは事故や自発的失踪ではない。
我々は、連続誘拐事件だと見ている」
重い沈黙が、指令室に落ちる。
そして牧村は、まっすぐ遼馬を見据えた。
「そこで君には――次に狙われる可能性が高い、ある人物を警護してもらいたい」
画面が切り替わる。
中央モニターに、大きく映し出された一人の少女の顔。
見覚えがありすぎるほど、見覚えのある笑顔だった。
遼馬の喉が、無意識に鳴る。
志穂乃が、手元のファイルに目を落としながら読み上げる。
「琴川玲奈。本名、芸名ともに同じ。17歳。
都内私立・光花学院高等部2年。
学業と並行して芸能プロダクション、光映タレントオフィス所属。
先日最終回を迎えた“光銃戦隊ライレンジャー”で、ライピンク――桃原美鈴役でブレイク」
一瞬で理解した。
いや、理解するまでもなかった。
「……つまり」
遼馬は、モニターから目を離さずに問いかける。
「この次は……玲奈さんが、襲われる可能性が高いってことですか?」
牧村は小さく頷いた。
「最近、彼女の周辺で、不審な車両が何度も目撃されている。
可能性は高い」
遼馬の中で、さっきまで沈んでいた感情が、音を立てて反転する。
怖さも、不安もある。
だがそれ以上に――
あの人たちが守ってきた世界を、
今度は自分が守る番だという思いが、胸を満たしていた。
遼馬は一歩前に出る。
握った拳に、自然と力がこもる。
「分かりました」
その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「――俺に、任せてください」
モニターの向こうで、牧村は一瞬だけ目を見開き、
そして静かに、力強く微笑んだ。
(つづく)

コメント
牧村長官のストライク世代が29作目だとすると、やはり50作程度で終了したんですかね、スーパー戦・・・でなく、スーパーレンジャーシリーズ。もしかして、提携して海外版を作っていた某国に海外展開権をすべて渡してしまったことも、シリーズ終焉のトリガーに・・・(;^_^A
ライピンク、桃原美鈴。もしかしたら、劇中でも最終作のサービスの如くにヒロピンサービスなシーンがあったりして・・・(* ̄▽ ̄)フフフッ♪