検非違使秘密任務禄　その四

来島陽依の誕生日パーティーを翌日に控え、その陽依と仲良くテニスを楽しんでいた孝森祐宜と椿姫絢那。だが、絢那が陽依と間違えられて何者かにテニスコートから誘拐された！

※chatGPTで生成した文章に、一部編集を加えております。

人違いの誘拐

　廃工場の中は、日も落ちて次第に薄暗くなり、鉄骨とコンクリの隙間から吹き込む風が、錆びた鉄パイプを鳴らして不気味な音を立てていた。

　その一角。埃まみれのコンクリ床の上に、無骨な作業椅子がぽつんと置かれており、その椅子に、テニスウェア姿のままの椿姫絢那が縛られていた。

　白のテニスウェア、ポニーテールに結んだロングヘアの後れ毛が額に張り付き、汗が頬を伝っていた。だが、彼女の瞳は怯えていなかった。むしろ冷静に、鋭く、目の前の男を観察していた。

「こんなことをして、許されると思ってるんですか？」

　きっぱりとした声で言い放つ絢那に、犯人の男――中年の作業服姿の男は、目をぎょろりと見開いて怒鳴り返した。

「……う、うるさい！ 今の台詞は、そっくりそのままお前の親父の来島士門に言え！」

　男の言葉に、絢那は「やっぱり」と内心で小さく頷いた。

（……完全に陽依さんと間違えてる。背格好も年齢も似てるし、黒髪ロングってだけで判断したんでしょうけど。素人らしいミスね）

　表面では困惑した少女を演じながら、絢那はさらに話を引き出そうとした。

「どういうことなの？ パパが悪いことをするはずがないわ……！」

　涙をこらえるように、かすれ声で言う。

　男は絢那の反応に苛立ったように肩を震わせた。

「うるせぇ！ あいつがどれだけの人間を地獄に突き落としたか、てめぇは何も知らねぇだけだろうが！……来島はな、”海外事業への投資”と称して、地元企業に出資話を持ちかけてきた。だがな、ふたを開けりゃ全部、ウソ八百だったんだ！」

　男の声が段々と怒りと悲しみに混じっていく。

「うちは親父の代から続く小さな町工場だった……職人たちの腕は良かった。だけど、あの野郎のせいで全部ダメになった。設備投資に借金まで背負ったってのによ……結局、ペテンだったんだよ！ 借金だけ残って、会社は潰れ、従業員も路頭に迷い、家族も……みんなバラバラになっちまった！」

　男は拳を震わせ、壁を殴りつけた。鈍い音が鉄骨に響く。

　絢那は表情を変えずに男を見つめたまま、心の中では冷静に状況を分析していた。

（この犯人、間違いなく陽依さんを狙ってたのね。来島に復讐するために。けど、身代金目的も入ってる以上、”生かして返すつもり”はある……その分、私には時間がある）

　絢那は、背中の後ろでゆっくりと指を動かす。

　縄は厳重ではあるが、男の縛り方は甘い。訓練を積んでいれば、抜けられる程度だ。

　だが焦ってはならない。今は情報を引き出すほうが先。

「……わたしは、信じてる。パパがそんなことするはずないって……」

　震える声を装いながら、絢那は男の目をじっと見つめた。

「黙れッ！ お前みたいな、世間知らずの箱入りに何がわかる……！」

　男は絢那に背を向け、拳をぐっと握りしめた。

「……まぁ、いい。こっちだって失うものはもう何もねぇ。身代金さえ手に入れりゃ、お前は解放してやるよ。それまで大人しくここで我慢してろ」

　そう言って男は椅子を蹴り、がちゃがちゃと雑に音を立てながら別室へと去っていった。

　薄暗い空間に、再び静寂が戻る。

　絢那は、犯人が完全に姿を消したのを確認してから、ふっと冷たい微笑を漏らした。

（――なるほど、動機はよくわかったわ。あとは、背後関係だけど……あの男の言ってることが本当なら、これはただの私怨の可能性もある。どうやら単独犯行の線が濃厚だわ）

　そして再び、指を微かに動かす。手首の感覚は戻ってきた。縄は、確実に緩みつつあった。

（……さて。時間は限られてるけど、こっちは“プロ”の端くれよ。そろそろ、反撃の準備を始めるとしますか）

　冷えた空気の中、絢那の目が鋭く光った。

来島邸にて

テニスコートから帰って来て、来島家の別荘の門をくぐる祐宜と陽依。

その姿を見つけた士門は、玄関から慌てて飛び出してきた。

「陽依！無事だったのか！？ よかった……！」

陽依は少し驚いた表情で父を見上げた。

「パパ、どうしたの？ そんなに慌てて……」

士門は一度大きく息を吐いてから、額に手をやって苦々しげに言った。

「……ついさっき、別荘に電話があってな。“娘は預かった。返してほしければ三千万円を用意しろ”と、脅迫されたばかりだったのだ」

「えっ……」

陽依は唖然とした表情になる。そして、ほんの一瞬だけ目を閉じて考えると、ハッと目を見開いた。

「……それって、もしかして！」

「なあに、質の悪い悪戯だったようだな。まったく手間をかけさせおって……」

士門は溜息をつきながらも、どこかほっとしているようだった。

だが陽依はすぐに察した。あの場にいたのは自分と絢那。そして、姿を消したのは――。

「ちょっと待ってパパ……その電話、私じゃなくて絢那さんが誘拐されたってことじゃないの！？」

士門は少し眉をひそめたが、すぐに苦笑しながら肩を竦めた。

「ははは……マヌケな誘拐犯もいたものだ。だが、お前さえ無事なら、明日の誕生日パーティーは問題なく開催できるな」

「……パパっ！ なんてことを言うの！」

陽依の声が強く震えた。瞳に涙を浮かべ、拳を握りしめて父を見据える。

「絢那さんは……絢那さんは私の代わりにさらわれたかもしれないのよ！？ 私だけ助かって、のうのうとパーティーなんて……そんなの私、絶対に嫌！」

「……これは失言だった。許してくれ、陽依」

士門は一瞬だけたじろぎ、表情を引き締めた。

「もちろん、私も絢那さんのことは心配だ。だが、明日のパーティーは政財界の要人が何人も来る。彼らにお前を紹介することが、私の政治的な立場にとっても重要なんだ。これはもうお前一人の問題ではない」

陽依は俯いて唇を噛む。自分が父の駒のように扱われているのだという事実に気づきながらも、完全には否定しきれなかった。

そんな彼女の横に、祐宜がそっと歩み寄った。

「大丈夫や、陽依ちゃん」

その声は、優しく、力強かった。

「絢那のことは、俺に任せとき。きっと無事に連れ戻してみせる。だから君は、安心して明日のパーティーに出たらええ」

陽依は目を潤ませながら、祐宜を見つめた。

「……ごめんなさい、祐宜さん。私のせいで絢那さんが……」

「もう、泣かんでええ」

祐宜はそっと彼女の肩に手を置き、落ち着いた笑みを浮かべる。陽依はその温かさに包まれながら、小さく頷いた。

――その直後だった。

「……ちょっと、いいかしら？」

背後から微かに聞こえた声に、祐宜は振り向く。

そこには、来島家のメイド服を身にまとった一人の女性が立っていた。小柄で整った顔立ち、キリッとした目元が妙に印象的な女性。そして、祐宜は彼女の顔を見た瞬間、思わず息を呑んだ。

「……あんたはっ！」

「シーッ、声が大きい」

その女性は、困ったような笑顔を浮かべながらも、どこか切迫した表情で祐宜の袖を引っ張った。

「ちょっと、こっち来てくれるかな？ 今すぐに」

彼女の名は、三刀谷真玲。アスカロン財団のライトシーカー所属エージェント。今は別荘にメイドとして潜入中だった。

状況を察した祐宜は、無言のまま頷くと、真玲に導かれるまま館の廊下を進む。やがてたどり着いたのは、使用人が使う物置部屋の一角。

真玲は周囲を確認し、手早く扉を閉めて内鍵をかけた。

そして振り返り、「状況を説明してもらえるか？」と問いかける祐宜の目をまっすぐに見据えて、静かに口を開いた。

「……ええ、いいわよ。あなたとも情報を共有する必要がありそうだし」

薄暗い物置部屋の中、緊張の糸がぴんと張る。

次なる行動の火蓋が、いま静かに切られようとしていた――。

（つづく）

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