炎上都市! 謎の重機装士、出動せよ!
白とオレンジの閃光が、昼の都市を切り裂いた。

高層ビルの谷間を縫うように、スーパーバイクがアスファルトを滑る。
車体と一体化するかのように跨る装甲のライダーは、風を裂きながら一切の迷いなく前を見据えていた。
――通信が入る。
「遼馬くん、現場まであと1.2キロ。火勢は依然として強く、消防隊も近づけていません」
ヘルメットの内部で、冷静な女性の声が反響する。
「了解。志穂乃さん、被害者の位置は?」
「最上階の東側。煙が充満していて時間がありません。急いでください」
「……任せてください。必ず助けます」
短くそう答えると同時に、スロットルが開かれた。
路面を蹴り飛ばすように、バイクは一気に加速する。
装甲スーツの内部で、全身を包むアクチュエータが低く唸った。
人間の動きを数倍に拡張する強化フレームが、ライダーの微細な体重移動すら増幅し、マシンとの一体感を極限まで高めている。
遠くに、黒煙が立ち上る。
炎に包まれた高層ビルが、都市の真ん中に異様な影を落としていた。
――――

現場は、すでに騒然としていた。
サイレン、怒号、ホースから放たれる放水音。
だが、上階に迫る激しい火勢の前に、消防隊は決定的な一歩を踏み出せずにいた。
その時だった。
甲高いエンジン音が、すべての雑音を押しのける。
白と橙の機体が滑り込むように停車し、装甲のヒーローが、迷いなく地面を蹴った。
「……来たぞ、あれが……!」
誰かが小さく呟く。
背部と脚部のスタビライザー・フィンが展開し、姿勢を制御する。
次の瞬間、ヒーローは人間離れした跳躍で、崩れかけたエントランスの瓦礫を一気に飛び越えた。
耐熱・耐衝撃のマルチレイヤー複合装甲が、熱風と火の粉を正面から受け止める。
ビルの内部は、まるで灼熱の迷路だった。
視界は煙に閉ざされ、床はところどころ崩落している。
だがヒーローは、迷わない。
壁面にワイヤー射出口を向ける。
「レスキュー・ワイヤー、射出」
高所に食い込んだワイヤーが張り詰め、身体を引き上げる。
崩れた階段を使わず、一気に上階へと駆け上がった。
閉じた防火扉の向こうで、微かな叫び声が聞こえる。
「――動かないでください。すぐ出ます」
高圧水流を噴射するハイドロ・カッターが、歪んだ金属フレームを正確に切断する。
“攻撃”ではない。
人を救うための、切断だった。
次々と取り残された人々が、ワイヤーに支えられ、煙の外へと運び出されていく。
誰もが口々に、何かを言いかける。
だがヒーローは、振り返らない。
――順調に見えた救助は、その一声で一変した。
瓦礫の山の向こうから、一人の女性が転がるように駆け寄ってくる。
「お願い……お願いです……!」
涙で顔を濡らしながら、彼女は装甲の胸部にすがりついた。
「子どもが……赤ちゃんが……!
託児所に、まだ……っ!」
一瞬、ヒーローの動きが止まる。
志穂乃の声が、すぐに飛び込んできた。
「遼馬くん……最上階とは別区画です。西側の臨時託児ルーム……」
「了解しました」
返答は、それだけだった。
ヒーローは女性の手を、そっと外す。
「必ず、連れて戻ります」
そして、再び炎の中へと踏み込んだ。
――――
西側区画は、すでに天井が崩れ始めていた。
熱で歪む鉄骨。
視界の先で、赤い警告ランプが点滅している。
床下が軋み、瓦礫が落ちてくる。
だが、装甲の内部でセーフティ・ブースターが起動した。
瞬間的に出力が跳ね上がる。
崩れ落ちてくる梁を、両腕で受け止める。
人間の力では不可能な重量が、わずかに浮いた。
その隙に、ハイドロ・カッターで支柱を切断し、進路を確保する。
煙の奥。
かすかな泣き声が、確かに聞こえた。
「……いた」
低く呟き、床に膝をつく。
小さな揺りかごの中で、赤ん坊が必死に息をしていた。
ヒーローはその身体を包み込むように抱き上げる。
耐熱シールドが展開し、赤ん坊を熱と煙から隔離する。
「大丈夫です。もうすぐ、外です」
その言葉が通じているかは、分からない。
だが、赤ん坊は小さな手で、装甲の指を掴んだ。
――次の瞬間。
背後で爆ぜるような音とともに、通路の一部が崩落した。
逃げ道は、塞がれた。
「……ワイヤー、上方アンカー」
天井の残存フレームにワイヤーが打ち込まれる。
スタビライザー・フィンが展開し、跳躍姿勢を補正。
ブースターが再び唸りを上げた。
装甲のヒーローは、赤ん坊を胸に抱いたまま、炎と煙を突き抜けるように跳んだ。
――――
外に出た瞬間、熱気が一気に引いた。
待ち構えていた消防隊員たちの間に、どよめきが広がる。
「出てきた……!」
「赤ちゃんだ!」
ヒーローはゆっくりと地面に降り立ち、赤ん坊を、震える母親の腕へと預けた。
「……ありがとうございます……本当に……!」
泣き崩れながら、何度も頭を下げる母親。
だが、ヒーローは言葉を返さない。
そのまま、静かに背を向ける。
「待ちたまえ!」
年配の消防隊長が、一歩前に出た。
「君は一体……何者だ!?」
母親も、必死に声を絞る。
「せめて……お名前だけでも……!」
ヒーローは、立ち止まった。
ヘルメットの奥の視線が、わずかにこちらへ向く。
「――重機装士……ヴァルダー!」
その一言だけを残し、再びバイクへと跨る。
エンジンが咆哮し、白と橙の機体は煙の向こうへと走り去っていった。
若い消防隊員が、呆然と呟く。
「隊長……今のって……?」
消防隊長は、遠ざかる背中を見つめながら、静かに答えた。
「間違いない……」
「――あれが噂のヒーロー、ヴァルダーだ……」
黒煙の向こうで、都市は何事もなかったかのように動き出していた。
だが、その日、確かに一人の“正体不明の装甲ヒーロー”が、この街に現れたのだった。
キャンパスの平和な日常
講義開始前のざわめきが残る、海防大学工学部キャンパスの大教室。
段々に並ぶ長机と椅子、窓から差し込む柔らかな昼の光。
後方の席では、すでに何人もの学生がスマホを覗き込み、ひそひそと話し込んでいた。
――《謎のヒーロー“重機装士ヴァルダー”、炎の高層ビルから多数の市民を救出》
画面いっぱいに踊る見出し。
昨日のニュースは、まだキャンパス中の話題の中心だった。
そんな廊下を、ひときわ目を引く女子学生が歩いてくる。

黒く長い髪を揺らし、淡い色のブラウスに白いスカート。
小さなリュックを背負ったその姿に、すれ違う男子学生たちの視線が、自然と集まっていった。
日本有数の大企業・亜斗夢重工の現社長兼CEO、綾瀬秀太郎の一人娘。
学内では“理想のキャンパスヒロイン”とまで呼ばれ、今年のミス・海防の最有力候補――そんな噂も、本人はまるで気にしていない。
早弥香は、そのまま迷いなく教室に入り、最前列近くの席へと向かった。
長机に突っ伏すようにして座っている一人の男子学生。
皆上遼馬だった。
頬杖をつき、どんよりとした表情で机を見つめている。
「おはよう、遼馬♪」
声をかけられて、ようやく顔を上げる。
「……ん? あぁ……早弥香か。おはよう……」
返事はあまりにも覇気がなかった。
「どうしたの? 元気ないみたいだけど……」
その時、遼馬のすぐ横に立っていた、少し派手な髪色の男子学生が、苦笑しながら口を挟む。
「おはよう、綾瀬さん」
「おはよう、西沢くん。……遼馬ったら、いったいどうしたの?」
西沢基樹は、肩をすくめて遼馬の方を見た。
「それがさぁ。コイツ、朝からずーっとこの調子なんだよ」
基樹の視線を受けて、遼馬はますます机に沈み込む。

「聞いてくれよ。昨日で、あの国民的特撮番組……
スーパーレンジャーシリーズが、ついに終わっちまったんだ」
「……あぁ、あれ?」
「そう。五十年続いたシリーズが、昨日放送の『光銃戦隊ライレンジャー』最終回で完全終了」
まるで身内の不幸でも語るかのような声音だった。
「そんなことで、こんなに落ち込んでるわけ?」
早弥香は思わず、じとっとした視線を遼馬に向ける。
「……はぁ。呆れた」
遼馬が筋金入りの特撮オタクであることは、付き合い始める前から知っている。
だが、ここまで露骨に意気消沈するとは思っていなかった。
基樹は、ひそひそ声に落として、からかうように言った。
「なぁ綾瀬さん。昨日ニュースでやってた、ビル火災の現場で赤ん坊を助けた本物のヒーローと、
この抜け殻みたいな遼馬が同じ人間だなんて――信じられないだろ?」
その瞬間、遼馬の肩がびくっと跳ねる。
「おい基樹、声がでかいって。
今ここで、そういう話をするなよ!」
慌てたように周囲を見回す遼馬。
「……あ、わりぃわりぃ」
基樹は両手を軽く上げて謝る仕草をしたあと、すぐに軽い調子に戻った。
「でもさ遼馬。レンジャーシリーズが終わったくらいで、人生終わりみたいな顔すんなよ」
だが、遼馬は深いため息をついた。
「……他人事だと思って、へらへら笑いやがって」
そして、ぼそぼそと続ける。
「後番組も、よく分からないワイドショーみたいな報道番組だし……
特撮枠そのものが消えちまったんだぞ……」
机に突っ伏したまま、低く呻く。
「俺は……明日から、どう生きていけばいいんだ……」
「大げさすぎでしょ……」
早弥香は呆れながらも、小さく息を吐いた。
――まったく、いつものこと。
そう内心で思いながら、鞄からスマホを取り出す。
「……そうだ。大事な用件、伝え忘れるところだった」
遼馬が顔を上げる。
「用件?」
「お父さんからの伝言。
今日、大学の講義が終わったら、会社に寄ってほしいって」
その一言で、遼馬の表情がわずかに変わった。
「……秀太郎さんが?」
「うん。確かに伝えたからね」
それだけ言うと、早弥香は遼馬たちの席から少し離れた、斜め後ろの席へと移動して腰を下ろした。
机に鞄を置き、静かに前を向く。
周囲の学生たちの話題は、相変わらず“あの謎のヒーロー”でもちきりだ。
早弥香は、小さく息をつき、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「……なんで、あんなヒーローオタクを好きになっちゃったんだろ……」
そして、ほんの少しだけ困ったように微笑う。
「……遼馬の、バカ……」
教室の前方では、講義の準備をする教授の声が響き始めていた。
誰もまだ知らない。
昨日、炎の中に飛び込んだ“重機装士ヴァルダー”と、
この教室で机に突っ伏している一人の男子学生が、どんな運命で結ばれているのかを。
事件の予兆
郊外へと続く、街灯もまばらな夕刻の国道。
エンジン音だけが、静かな闇に細く伸びていた。

走っているのは、年季の入った黒の乗用車。
運転席には、眼鏡越しに前方を鋭く見据える男――白影伸一。
これまで幾多の特撮ヒーロー番組を世に送り出してきた、映像制作会社「東雲」の敏腕プロデューサーである。
助手席には、腕を組んでシートにもたれながら、穏やかに笑う初老の男。
脚本家・井ノ原敏久。
数えきれないほどのヒーローと怪人を、物語の中で生み出してきた大御所だった。
「……しかし、終わってみると、少し寂しいな」
井ノ原が、フロントガラスの向こうの闇を見つめながら言った。
「五十年だぞ。スーパーレンジャーシリーズ」
「ええ。でも……」
白影は小さく笑い、ハンドルを握る手に力を込める。
「最後の『ライレンジャー』は、最高でした。
有終の美ってやつですよ」
「そうだな」
井ノ原は満足そうに頷いた。
「視聴者にも、ちゃんと届いたと思う。
……あれでよかった」
少しの沈黙のあと、白影が静かに口を開く。
「……シリーズは、終わりましたけどね」
「うん?」
「スーパーレンジャーは……必ず、復活させますよ」
その言葉には、冗談めいた軽さはなかった。
井ノ原は一瞬だけ目を細め、それから、ふっと柔らかく笑った。
「……ああ。君なら、きっとやるだろうな」
車は、ゆるやかなカーブの続く山道へと入っていく。
ガードレールの向こうは、闇に沈んだ深い斜面。
「そういえば白影くん。今日はずいぶん遅くまで――」
その瞬間だった。
ハンドルが、唐突に重くなる。
「……?」
白影が眉をひそめ、わずかに切り返そうとする。
だが――
「……おい、ちょっと待て」
思ったように、ハンドルが動かない。
「……え?」
次の瞬間、ブレーキを踏み込んだ足に、異様な感触が伝わった。
踏み応えが、ない。
「……っ、ブレーキが……!」
車体が、制御を失ったように大きく蛇行する。
「白影くん!?」
井ノ原が叫ぶ。
ガードレールが、急速に迫る。
「くそっ……!」
白影は必死にハンドルを切るが、まるで見えない力に押さえつけられているかのように、まったく言うことをきかない。
次の瞬間――
鈍く、重い衝撃。
金属が軋む音とともに、車体が宙に浮いた。
視界が反転する。
井ノ原の叫び声が、闇に吸い込まれていった。
――そして。
車はそのまま、闇の斜面へと落ちていった。
*
どれほどの時間が経ったのか。
横倒しになった車体は、崖下の木立の間で、かろうじて停止していた。
フロントガラスには無数のヒビ。
エンジンは、すでに沈黙している。
運転席の白影も、助手席の井ノ原も、ぐったりとシートに身を預けたまま、意識を失っていた。
その静寂を破るように――
ざっ。
砂利を踏みしめる、複数の足音。
闇の奥から、ひとつ、またひとつと人影が現れる。
人数は……三人、いや、四人。
いやに揃った動き。
誰ひとり、声を発しない。
月明かりに照らされ、車体を囲むように、無言で立つ影。
フードを深く被った者。
顔を覆うマスクのようなものを着けた者。
その姿は、どこか“人間離れした統一感”を帯びていた。
一人が、ゆっくりと白影の座る運転席を覗き込む。
別の影は、井ノ原の方へと回り込んだ。
まるで――
最初から、ここに来ることを知っていたかのように。
「……確認」
低く、機械のように感情のない声が、闇の中でかすかに響いた。
「……両名、生存」
別の影が、短く応じる。
その言葉を合図にするかのように、怪しい人影たちは、さらに車体へと近づいていった。
動かない白影と井ノ原。
二人の運命を、今この瞬間から大きく変えてしまう“何か”が、静かに、確実に近づいていた。
闇の中で。
ヒーローを生み続けてきた男たちの前に、
まだ誰も知らない、もう一つの現実が、口を開けて待っていた。
(つづく)

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